34.風紀委員長日誌―残暑考察―
未だ残暑厳しい折、夏かと見紛う晴天が続くも、しかし時は待ってくれないもの也。
四季の移ろいが狂っていても、暦は着実に過ぎて行く。
2学期を迎えてから、疾風の如く過ぎ去る日々を甚だ恐ろしく感じる。
だが無論、誰しも立ち止まり続ける事は叶わない。
この星が巡り続ける限り、子供のままで時を止める事は不可能で不自然、いつか必ず旅立ちの日は来る。
迫り来る行事の数々、その下準備の為にこれでもかと舞い込む多くの仕事の合間、ささやかなブレイクタイム中、ふと窓の外を眺める。
この広大な学園の、全ての建物に許された、目に優しく美しい眺望。
何でも創設者の意向だと聞く。
学園内の窓全て、どこから見ても美しい光景が臨める様に設計したのだと。
親元を離れて生活する子供達、その子供達を導く教職陣やスタッフの心持ちが、いつでも明るく在れる様に。
窮屈な想いを抱えない様に、あるいは疲れた時、窓の外を眺める事で心安らぐ様にと、すべての窓が大きく取られ、季節の花や木、植物をバランス良く配置したそうな。
トップの人間が変わる度、景観などどうでも良い、経費はもっと別の所に使うべきだという議論が何度もあったらしい。
けれど今までどうにか保たれている。
実際、どれだけの人間が意識しているか知れないが、我々の卒業後も、もっと遥か未来に理事長が代わっても、残して欲しいものだ。
俺は十八の自然に慰められてきたお陰で、風紀委員を務めてこれたと言っても過言ではないから。
そう言えば、昴の代から特に環境整備、景観保護に力を注いできたな。
あいつがそんな事を言い出した時は本気かと疑ったものだが、今となれば、数々の英断の中でも上位に来る政策だと想う。
自然が豊かだろうが何だろうが、闇は消えない、愚かな行為も過ちも無くなりはしないがそれでも、必要だと声を大にしたい。
日が暮れるのが少しずつ早まってきたと、傾きかけた太陽をぼんやり眺めていると、軽やかなノックが聞こえた。
「失礼いたします。生徒会より、日和佐委員長に確認していただきたい書類をお持ちいたしました」
ああ、クンちゃん!
更なる癒しの登場に、疲労困憊気味の他委員もそれぞれ腰を上げ、クンちゃん歓迎の姿勢を取った。
「わざわざご苦労、前会長補佐。暮れかけているが1人で来たのかね」
きりっと姿勢を伸ばして近付いてきたクンちゃんは、クリップとクリアファイルできれいに分類された書類を寄越しながら、大丈夫ですと頷いた。
「お気遣いありがとうございます。まだ明るいですし、部活動に勤しまれる生徒さまもたくさんいらっしゃいますので、問題ございません」
「そうか…それなら良い」
む?
その時、クンちゃんの腕に紙袋が掛かっているのを発見した。
「あと…勝手ながら、風紀の皆さまにもお裾分けでございます。生徒会でドーナッツを揚げましたので、よかったら皆さまでお召し上がりくださいませ」
「「「「「ええっ、お母さんのドーナッツ?!」」」」」
黙りこくって成り行きを見守っていた、我が精鋭委員達が我先にと瞳を輝かせてクンちゃんを囲んだ。
「それはかたじけない、是非いただこう。有り難う」
「どういたしまして。皆さまのお口に合うといいのですが」
はにかむクンちゃんに、強面揃いの委員共が一様にデレっとし、果てには全員でゴロゴロ甘え始めた。
凌の取りなしもあり、結局クンちゃんは共にお茶を飲んで一服してから、委員の付き添いで生徒会に戻る事となった。
途端に和やかな空気に包まれる、我が厳格なる戦場とも呼べる職場に、俺も苦笑するしかない。
やはり風紀に欲しい逸材であった。
いや、俺は決してクンちゃんお手製の弁当やおやつや夜食が目当てなわけじゃない。
この穏やかな人柄、場を癒す存在感、それでいて細やかに気が付き雑事1つ疎かにしない真面目な仕事ぶり、すべてが中々得難いという事だ。
生徒会に入った当初こそ、各方面からの冷たい視線や、あらぬ酷評で騒然としていたものだが何のその、模範とも言うべき誠実な役員活動の姿勢に、生徒達の認識も随分改まった様だ。
昴の最も近くに居ながら、決して色恋目線や地位欲しさで媚びたりしない、実直な姿も好感を得ている理由だろう。
安心材料が増えていく中、それでも俺は、クンちゃんが生徒会入りして良かった!会長補佐に就いて良かった!とは素直に頷けない。
強面で上背のある輩に囲まれ、中央で朗らかな笑みを零している、クンちゃんを遠目で拝みながら、何故か安心できない。
随分よく笑うようになった。
無理している、そうは見えない。
だがクンちゃん、君が痩せた様に見えるのは気の所為か。
慣れない生徒会活動、中でも過酷な会長業務の下に就く、責務の大きさに君が潰されてしまうのではないか。
昴は誰より頼もしい男だが凄まじく多忙故、クンちゃんの心の機微を察する事ができるだろうか。
武士道が少々荒れている。
生徒会1年組の不穏さは消えない。
親衛隊は不気味に沈黙している。
若干の不安要素が、俺を安心させまいと踏み留まらせるのだ。
「日和佐先輩…?お茶のおかわりはいかがですが」
「あ、ああ…有り難う、頂こうかな」
杞憂であれば良い。
君のその笑顔が曇らぬ様に、壊れない様にしたいと、俺は最近よく想うのだ。
2014.3.19(wed)23:12筆[ 567/761 ][*prev] [next#]
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