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どきりとした。
合原さんのお顔が一際、真摯なものになったから。
「もう1つ、前陽大に謝らなくちゃいけない事がある…」
もう1つ?
俺の顔が余程情けなく歪んだのだろう、合原さんはふと笑って、切なそうに目を細めて俺を見つめた。
「入学式の日、随分勝手な事を言っちゃったでしょ?それを前陽大は優しいから、ずっと気にして僕の様子を窺ってたよね…僕はそれに甘えて胡座をかいて、気遣って貰うのが当然だって酷い態度で居た。柾様は僕のものじゃないのにね。本当にごめんなさい。『柾様を好きになっちゃダメ』なんて、バカな事言ってごめん」
喉がカラカラになった。
合原さんが何故、このタイミングでそんなことを仰るのか。
ただ目を見張ることしかできない。
「僕が柾様をお慕いする気持ちは揺らがない。親衛隊も止めないし、中等部の頃と同じ様に、ゆくゆくは隊長まで登り詰めたいって野望もある…ヒロインにはなれなかったけど?ヒーローを支える助手って役目、割と性に合ってるんだよね。
だけど、僕がもう柾様に恋する事はない。号外の婚約者ネタの真偽は知らないけど、それが原因じゃないって言うか、ちょっと冷静になったの…僕では柾様のお側に居続ける事はできない、癒して差し上げる事はできないって。これが今の嘘偽りない僕の気持ち。こんなに全部明かしたのは、前陽大と九穂が初めて…あーあ、心春のトップシークレットだったのに!」
冗談めかして笑いながら、その視線はとても大人びていて、穏やかで。
合原さんがたくさんたくさん、いろんなことを考えて悩んで、懸命に導き出した答えなんだって想った。
「…コハルっ…お前…ホント良いヤツ…」
九さんも感極まったのか、また少し泣いて、でも頑張って堪えるようにかぶりを振っていらっしゃる。
俺は、強い合原さんを見返すことしかできないでいた。
「だから、ね…前陽大。いや、だからって言い方はおかしいけど」
優しく微笑う、それは綺麗な表情を、見つめているだけで。
「僕や、他の誰にも気兼ねしないで、自分の気持ちに素直になって良いんだからね。とにかく僕の事はもう気にしないで。僕は新しい夢を見るから。柾様の事、好きになっても良いんだからね。あんなに素敵な人だもの、近付けばちょっとは惹かれちゃうでしょ。誰だってあの魅力には逆らえないもの!僕は…酷い事してきたから、信じて貰えないかも知れないけど、前陽大がどうなっても味方だから」
目が熱い。
抑えていた気持ち全部、溢れてしまいそうで。
でもどこかで踏み止まろうとする、震える拳を握りしめて、1度だけ感じた、ブレザーで作られた闇をこんな時に想い出していて。
あの時、泣く事を許してくださった。
あの時よりずっと、遠く感じるのは、合原さんのように消化しきれていない、俺は「れなさん」にこだわり過ぎているから?
とりとめのない感情に苛まれていたら、九さんがぎゅうっとしがみつくように抱きついてきた。
「だいじょーぶだからな、はるとっ!オレもコハルもはるとの友達だから!絶対に味方だからなっ!!生徒会が大変でも、体育祭ん時みたく変な空気とかイヤガラセとかあっても、オレ達がついてるからな!!1人で我慢しなくて良いんだぜっ」
涙混じりの心強いお言葉に、かろうじて笑うのがやっとだった。
「…何でお前が纏めんの…ベソベソしながら良い所全部持って行きやがって…っとに空気クラッシャーだなっ。勝手に友達にすんなっつの」
「ええっ?!コハル、爪先で蹴るなよっ!何でー?!オレ達、もう友達だろ?!」
お2人のじゃれ合うようなやりとりに、強張った頬も何とか緩んだ。
喉の奥で留まったままの、俺の弱さは、いつかお話できるだろうか。
まだ時間はかかりそうだけれど、お2人になら打ち明けられると想った。
「…ありがとうございます、心春さん、穂さん」
「「…名前…」」
「今はまだ…なんだかいろんなこと、お話する勇気がなくて…心春さんも穂さんも大切な想い、打ち明けてくださったのにすみません。もしよかったら、もう少しお待ちいただいてもいいでしょうか…?これからどうなるか、俺にも見当がつかないのですが…友だちになっていただけたら、とっても嬉しいです。ふつつか者ですがよろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げたら、わあっとお2人が寄って来てくださった。
「当たり前じゃん!!つーかずっと友達だったよな!これからもよろしくなっ!!」
「いつでも話して…待ってるから。何でも話してよ。これから大変だろうけど…心春も親衛隊の活動通して知ってる限りの事、教えてサポートするからね」
「はい…ありがとうございます」
3人で手を取り合って、にっこり、今度は自然に笑えた。
あったかいなぁって、心から想った。
「あーーー!!」
ほわほわ和んでいたら、穂さんが唐突に叫ばれた。
「ったく、何なの?!いきなり大声出さないでよねっ」
「どうなさいました、穂さん」
最早泣きそうにオロオロとしていらっしゃる。
「どうしよおっ!!はるとが生徒会行っちゃったらっ…はるとの弁当食えなくなる!!」
一大事ののような切羽詰まった物言いに、きょとんと心春さんと目を見合わせて。
「バッカじゃないのっ?!こんな時に弁当の心配とかっ!そりゃ心配だけど!今はそうじゃねーだろっ」
「えええ?!ちょ、コハル、痛っ!!頬つねんなよぉ、コハルだってはるとの弁当大好きなクセにっ!!」
再びじゃれ合うお2人の姿に、誰かさんの持病が移ったように肩が震えた。
「ふふっ、ふふふっ!驚かさないでくださいよーお弁当ならいつでもご用意いたしますから」
「「…やっと、笑った…」」
「えー?何ですか」
その後はずっと、不思議なぐらいおかしくて、3人で涙が止まらなくなる程、笑い転げてしまった。
2014.3.9(sun)23:58筆[ 563/761 ][*prev] [next#]
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