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ずっと謝りたかったって。
どうして?
合原さんが俺に何を謝ることがあるんだろう。
九さんと目を合わせて、おろおろするしかなかった。
やがてゆっくりと、今日もツヤツヤの頬を赤くした合原さんが、お顔を上げた。
「謝って許してもらえる事じゃないけど…わかってるけど、謝りたかったから」
「そんな…どうして…謝っていただくことなど、何もございません」
頑に首を振る、ふわふわの髪が揺れている。
「体育祭の前、親衛隊の号外を出したのは僕だから」
ぎゅっと膝の上で拳を握り締めて、合原さんは俺をまっすぐ見つめた。
「あの朝、僕は僕で自主練しようと想って出かけて…柾様と同じチームに入れた事が嬉しかったんだ。中等部では1度も叶わなかったからね。まさか前陽大と柾様が一緒に居るとは夢にも想わなかった…柾様が体育祭に注力される事は知っていたのに、動転して、気づいたら写メってて…許せないと、想った。僕は柾様の事が本当に好きだったから」
ずきりと胸に響く。
痛切なお顔が、見ていて辛くて。
こんなにお可愛らしくて、いつも何かと気遣ってくださった合原さんを、俺が苦しめているなんて、罪悪感しかない。
「正直、傷ついたら良いって想った。前陽大が傷ついて、学園のどこにも居られなくなったら良いって、その時は想ったの。柾様がこんなに目を掛ける存在って、旭様や生徒会の方々以外にいらっしゃらなかったから…嫉妬でどうにかなりそうだった」
合原さんの握りしめた手、震えていらっしゃる…?
小柄な合原さんが、すごくか細く見えて、大きく鼓動が鳴る度に痛かった。
緊張感と居たたまれなさで、どうしたらいいのかわからず、一言も発せないまま、ただ聞いているしかできない。
「僕にとって柾様はヒーローだった。笑って良いよ。今でも変わりない…幼等部で何かとイジメられてた…っつっても、悪口言われるぐらいだったんだけどね…その時、柾様が庇ってくださって、大丈夫だって笑ってくれたの。その時からずっと好き。バカみたいでしょ。自分でもチョロいって想うけど、本気だったの。誰にも渡したくないって想ってた。前陽大がいきなり仲良くなっていくのが許せないって、何様なんだって話だけど」
ごめんなさいって、また頭を下げられた。
「前陽大は優しいから、僕の味方になってくれるって勝手に想い込んでた。ほら、いきなりお弁当シフトとか始まったでしょ。柾様との間に立って、取り持ってくれるんじゃないかって期待してたの。我ながらガキくさくて恥ずかしいんだけど、そう…なかなか想い通りに行かなくって、カッとなっちゃったの。体育祭前後もずっと態度悪くて…ごめんなさい。許して貰えるなんて想ってない…ただ、もう2度とあんなマネしないから」
どこか必死な眼差しから、目を逸らせなかった。
「折角、柾様から助けて頂いた想い出があるのに…いつしか自分がイジメる側になってた。僕は柾様の隣に立ちたいが為に、前陽大以外にもずいぶん卑怯な事をしてきて…だからいつまでもお側に近付けなかったのに、本当にバカだった。もう2度とあんな事はしない。柾様の婚約者様の噂もあるけど、それだけじゃなくて、夏休み中ずっと考えてたの。もうバカみたいに勝手な夢を見るのは止めようって。それよりも、前陽大と普通に話せなくなった方が辛い、から…」
こぼれ落ちる、大切な大切なお気持ちと。
ゆらゆら揺れる、大きな瞳が、綺麗で。
「いつか、もし前陽大が許せる気持ちになったら…普通のクラスメイトに、友達になりたい…っ…なってもらえませんか…?」
俺は想わず、小刻みに震え続けている拳を握っていた。
「そんなの…!謝らねばならないのは俺の方です!合原さんのお気持ちを知っていながら安易に柾先輩に近付いて…最初からご忠告いただいていたこと、守れなかったのは俺の方ですから、ほんとうに申し訳ございません。そんな…大切なお気持ちを抱えていらっしゃったのに、踏みにじるような真似ばかり…すみません。許す許さないではなくて…俺は、皆さまのご厚意に甘えっ放しで…こんな不甲斐ない俺など、合原さんと並べる肩もなく…」
「そんな風に言わないで」
大きな声じゃないのに、ぴりっと場が引き締まる声だった。
強い意思のある、凛々しい言葉だった。
「僕が言う事じゃないけど、前陽大は自分を過小評価してる。柾様のご慧眼を見くびるつもりなの?柾様に目を掛けて頂いているばかりか、他の3大勢力様や諸先輩方にも注目されてる。それだけの人物っていう事でしょ。前陽大が自分を卑下する程、皆様の事だって卑下する事になる。親衛隊や周りがやっかむのも全部、それだけ魅力があるっていう事だから。そんな風に謝ったりしないで、もっと自信を持って」
何故だろう。
今日は何ていう日だ。
宝ものになるお言葉ばかり、たくさんいただいてしまっている。
2014.3.7(fri)23:52筆[ 561/761 ][*prev] [next#]
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