25.親衛隊員日記/心春日和vol.9
空が赤い。
わけもなく泣きたくなるような、切ない赤さだ。
綺麗なものと、不安なものは、どうして同じでセットなんだろう。
「はると、おっせぇなあ〜…昴と、一緒なのかなあ〜…」
それをこの空気読めないバカめ、人が折角浸ってるってのに邪魔すんじゃねーよ、ぶち壊しだろうが!!
ギロっと睨んだら、慌てた様に口に手を当てた後、へったくそな口笛吹いてそっぽ向きやがった。
ふんっだ!
ひと睨みで黙るぐらい、大した事ないヤツ。
だけどこの、一時はただの単細胞モジャ男クソガキ宇宙人だった、今でもバカには違いないけどそのバカっぷりに、今はちょっと救われてるかも。
少なくとも、いつもベッタリくっついてくる昔馴染みのヤツらより、よっぽど信頼できる…って、ホントこの学園マジ腐ってんな。
11年間過ごして来て、ろくなトモダチ居ねぇってどうなの。
ふうとため息吐いたら。
何故か隣のバカがおろおろし始めた。
「だっ、だいじょーぶだって!昴には婚約者が居るんだしっ?!はるとが生徒会に入んのも大した意味ねーんだろ、どーせ!もうすぐ来るって!初日だし?いきなり本格的に働いたり…すんのかなあ…白馬と何か違うからわかんねーけど…でも絶対、はるとはもうすぐ帰って来るって!」
バカめ。
ホント、バカ。
見当違いだっつーの。
つーか柾様の婚約者ネタ、僕の地雷だって察しろよ!!
どんだけ落ち込んだと想ってんの。
アノ写真ヤバ過ぎんだろ、柾様のイケメンっぷり最早神レベルだっつの、アノ写真撮ったどっかのクソヤローも神がかってんけど?
至高の表情が切り取られた、号外のクセに無駄に最高傑作、だけど内容は最低最悪。
まだご結婚が本決まりなわけじゃない。
心春の拙い人脈をどうにか駆使して探った社交界(笑)でも、柾家の誰某とどっかのお嬢様が婚約云々の話は囁かれてもいなかった。
柾家が巨き過ぎるから、僕ごときでは探り切れなかったけれど、たぶんまだセーフ。
だけど気持ちが完全にアウト。
夏休み中、落ち込みまくってた…わけでもないんだけどね、それが。
僕の大切な桃色の夢がぶっ壊れたこと。
どこかで覚悟はあったのかも。
柾様ほどの神イケメンが、現在進行形でノー恋愛なんて有り得ねぇってね。
心春がもし柾様ご本人だったら、アノ顔も身体も頭脳も大いに活用して、可愛い系から綺麗系まで、手当たり次第に喰い散らかしてるところだもの。
婚約者だって複数人用意するね!
だから意外に平気だった。
じゃあ婚約者ちゃんから奪還してやるぅ〜って盛り上がりもなくてね。
意外にクールダウンしちゃったの。
柾様を尊敬して、お慕いする気持ちに変わりはないけれど。
桃色だけごっそり抜け落ちた、ただそれだけってカンジ。
親衛隊内も一瞬荒れたけど、やっぱり皆覚悟してたっつか、あんな笑顔の写真突き付けられたら黙るしかないっつーかね。
未だにくすぶってる夢見る夢男くんも居るには居るけど、ほぼ吹っ切れてる。
学園中、吹っ切れていないのは、前陽大に対する複雑な心情だけ。
何となく柾様への風当たりが弱まった分(完全無欠の柾様が初めて見せた隙、人間らしさだから)、今度はすべての興味が前陽大へ向かってる。
これからどうなんのって、何なの前陽大、マジ何者なのって。
面白がってるヤツらより、妬みや羨望が多い。
体育祭で柾様や無門様に上手く取り入ったんじゃないかとか。
お弁当シフトを活用して、各会に働きかけた成果なんじゃないかとか。
誰にも屈さないアノ柾様が、前陽大に膝を折るなんて、良い意味で有り得無いのに。
この隣でポカンと口開けて「夕焼けキレーだなぁ、心春」なんつってるバカよりももっとバカな歪んだクソガキ共が、自分達のコンプレックスやストレスの捌け口に、前陽大を利用しようとしてる。
気づいたら、動いていた。
武士道様のテリトリーまで赴いたり、化粧オバケに連絡取って、あちこちにどうにか話をつけ、前陽大の帰りを待ってる。
役職に就くなら、特寮に入るだろう。
引っ越しは今日の内に、その後になったらゆっくり話すチャンスがなくなる。
そうなる前にどうしても、前陽大と話したかった。
何を?
わからない。
これからどうなるのか、それ自体、僕にはまったくわからない。
柾様に何のお考えもないわけがない、いつだって正しい方向へ導いて下さるのだから、信じていれば良いんだけど。
前陽大が会長になるかどうかなんて、その器も含めて真偽の程はわからない。
ただ、とんでもない事が起こりそうだって、混乱している僕にわかるのはそれだけ。
僕が混乱しているのだから、前陽大はもっと混乱しているだろう。
武士道様がいらっしゃる。
音成様やバスケ部の皆様もいらっしゃる。
風紀とも交流がある。
3年生の皆様や先生方にも目を掛けてもらっている。
そもそも生徒会の皆様と仲が良い。
前陽大には多くの人脈があって、親しまれているけれど。
頼りなく揺れていた瞳、壇上でちいさく縮こまっていた前陽大が、目に焼きついて忘れられないんだ。
会ったからって、何て言葉を掛けたら良いかもわからない。
本人を前にしたら、黙ってしまうかも知れない。
それでも今、どうしても前陽大に会わなくちゃいけない気がして、ここにいる。
偶然居合わせた九穂も、同じ様な心境だろう。
何か放っとけないつーか…?!
「ア、アハハっ腹へっちゃったー」
ぎゅるるるううと鳴り響いた腹の音に、マジ空気クラッシャーだって実感した。
その時、見事な夕焼けを背景に、のほほんとこちらへ向かって歩いて来る、前陽大の姿を見つけた。
2014.3.4(tue)23:44筆[ 558/761 ][*prev] [next#]
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