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「陽大、ひっでえ…」
「どっ、どどどっ」
わざとに決まっている、大げさにソファーの端っこへ飛んでった柾先輩を、直視できるわけがありません。
どちらが酷いのか、どこが酷いのか、どうしたらいいものか。
言葉にできず固まる俺をよそに、旭先輩がお腹を抱えてうひゃうひゃ笑っている声が、広い室内にBGMのように響いていた。
「…あんなに愛し合った仲だと言うのに…はる姫の心はもう移ろってしまわれたのですか…?」
「なっ!!」
そうかと想えばやはりダメージゼロだったのだろう(俺がちょっと力を入れたぐらいでどうこうなるような御方ではない)、ささっと近づいてこられて、悩ましげに片手を奪われた。
ちょっと―――!!
今にも、くちっくちっ唇に触れそうなっ!
と言いますか、吐息が指先に触れてると言うかもうもうもうっ!!
「おっおおっ」
「お?」
「おたっお戯れはっ…しめ切りましたっ!!」
「ぶはっ!旭ーしめ切られちゃったよー俺」
「ぶっはっは!ちょ、マジ勘弁…!さっきからお母さん、『ど』とか『お』とかばっかだしっ」
くぬぬぬぅ〜御2方ともほんとうに双子さんの如きそっくりな笑い上戸さん。
仲睦まじく笑い転げていらっしゃる、その姿を無気力に見つめながら、嫌でも首をもたげるこの先の憂鬱に、ちいさくため息を吐くしかなかった。
俺、ダメダメだぁ…。
何かことあるごとにきっと、こんなふうに反応してしまう。
今は面白がられているからいいけれど、もし気持ちが露骨に外へ出てしまって、ご本人さまは愚か周りの方々に知られてしまったら、どうしよう。
どうなってしまうんだろう。
その時、俺はどうしたらいいんだろう。
柾先輩のご迷惑にはなりたくない、先輩が大切になさっている学校のこと、周りの方々のこと、俺が滅茶苦茶にしてしまいたくなんかないのに。
特別に好かれなくてもいいから、嫌われたくない。
学校にいる間は、先輩と普通に接していたいなって。
面白宴会要員でいいから、今までのように、ごくたまにでも言葉を交わせたらいいなぁって。
そうか、そのこと自体がもう、「普通」じゃない。
普通の後輩が望んでいいことじゃない。
先輩と仲よくなりたい方は、たくさんいらっしゃるんだから。
このエスカレーター式の学校で、俺の知らないたくさんの長い時間、皆さんが育まれてきた想いがある。
気持ちがどんどん沈んでいく。
沈んでいく中、今にも触れそうな位置にいらっしゃる、すぐ隣で楽しそうに笑ってくださっているのが、じんわりと嬉しい。
握られた手、吐息が触れた指先を、もう懐かしく想い返して、落ち着かなく騒ぐ胸を押さえている。
恋って、こんなに大変なものだったんだ。
落ちこんだり、嬉しくなったり、今までどうってことなかったすべてに、ひとつひとつ反応して、苦しいのに幸せな感じもある。
実際に会ってしまったら、どんな決意も吹き飛んでしまいそうな、強烈な魔力。
一刻も早く忘れなくちゃ。
一瞬でも長く想い続けたい。
相反する想いの板挟みで、でも俺には忘れるしか道がないんだなぁって、諦めることだけが最優先課題としてのしかかる。
「「あー笑った笑った!」」
見事に被ったお声に我に返ると、もう涼しいイケメン顔の先輩方がいらっしゃった。
「すこしでも楽しんでいただけたなら、何よりでございます…」
しょんぼりと本心から告げたら、くしゃって頭に大きな手が触れた。
何か言われるかと身構えたけれど、柾先輩は朗らかに笑っているだけだった。
この笑顔が、俺の今考えていることを知った途端、壊れてしまうんだって鼻の奥がツンとなり、振り切るようにそっと後退して、頭から手をずらした。
「メシ食お、陽大」
「メシメシー腹へったー笑ったから腹へったー」
「メシ…?」
変わらず朗らかな御2方に、首を傾げる。
「昼じゃん。ちょっと早いけどさ。食堂デリバって来たから用意してくる。颯人くん、お母さんの言うことをよく聞いてね!パパが戻って来るまで良い子にしているんだよ?」
「ウン!おれ、おかあさんといいこにしてる!いいこでまってる!」
「良い子!颯人は良い子だ!」
「ウンっ!パパ、がんばってね!」
ミニコント後、まったく気づかなかったけれど、入室前から手にされていたのだろう、保温機能搭載な雰囲気漂うマチ付きのトートバッグを持って、柾先輩は颯爽とキッチン方面へ去って行かれた。
ぼんやりと後ろ姿を見送って、そうか、もうお昼だったっけと、時間から取り残された 気分を味わった。
「腹へったねー」
「え…あ、はい」
ふと話しかけられて振り返ると、バカ笑い何のその、何故か淡い笑みを浮かべた、静かな雰囲気の旭先輩がいらっしゃった。
2014.2.23(sun)21:03筆[ 552/761 ][*prev] [next#]
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