14.宮成朝広の一進一退(6)


 役職から引退した。
 だからお気楽な学生生活を満喫できる訳じゃない。
 余程の都合がない限り、或いは鋼鉄の心臓の持ち主でもない限り、無事に高等部卒業となるまで、OBに振り分けられる仕事は尽きない。
 現役の頃に比べりゃ、負担はかなりマシだが。
 「生徒主体の学園生活」と高らかに謳ってやがる、学園パンフレットを恨んだ事は数え切れない。

 先代の会長の様に、交わして交わして交わしまくる術も持たない上、散々サボり倒してきた負い目がある。
 協力は惜しまないと決めたものの、始業式早々コレかと、うんざり書類の山脈を見つめてため息を吐いた。
 「宮成先輩から呼び出すなんて珍しいですよね」
 そこへ飄々とやって来た柾に、更にため息しか出ない。

 視界の片隅に、バラ蒔かれたばかりの号外が入っている。
 ふいに香ばしいコーヒーの香りがした。
 目の前のよくできた後輩から、購買部のテイクアウトコーヒーが手渡された。
 俺はエスプレッソのダブルしか飲まない。
 柾にとっては遥かにどーでもいい存在である筈の俺の嗜好を、相変わらずよく記憶している。
 エスプレッソ用の小さい紙カップを受け取って、3度目のため息は心の中に止めた。

 「遅くなってすみません。理事長に大分こってり絞られまして」
 「…だろうな。お疲れ」
 「どういたしまして」
 二学期も変わらず、不敵に微笑ってやがる。
 眼鏡姿だと凶悪さ倍増だ。
 あの得体の知れない紳士然とした理事長と、以前からやたら面談が多いが、こってり絞られた後でも余裕が窺えるのが恐ろしい。
 
 「先輩の御用件も理事長と同じでしょうか」
 器用そうで男らしい、長い指が号外に触れた。
 他人事の様に面白そうに眺めてやがる。
 「いや…そうだけど、ちょっと違うかもな」
 「ちょっと違う?」
 首を傾げた、休み中何処に行ってたんだか、うっすら日焼けした肌とマイナーチェンジした髪が揺れてる(号外の欄外トピックス情報通りだ)。
 
 「3年の総意っつーか」
 「先輩が代表して、という事ですか」
 「ああ。柾こそ仕事溜まってんだろ。手短に言う」
 言わなくてもわかってそうなもんだが、口出しせずにおれない。
 それが十左近と所古と日和佐と俺の総意だった。
 スッキリ卒業してーんだよ、こっちも。
 後味悪ぃのはごめんだ。

 「前をちゃんと守ってやれよ」

 軽く目を見開く。
 コイツはどんな表情でも男前度が崩れない。
 どーなってんだか謎だ。
 「それって問題発言じゃないですか。特に、風紀委員方面」
 「…何で凌が出てくんだ」
 「俺は副委員長とは一言も言ってません」
 「……あのな…」
 「んな謀ったなっつー顔されても。また名前呼びするからこちらとしてもやっぱりそうかと想わざるを得ません」

 茶化すなと言い置いて、態勢を整える為にエスプレッソを飲んだ。
 濃く苦いコーヒーと甘みが調和している。
 「そうじゃなくてだな…俺は元々、あのぽーっとした優しすぎる前を守れんのって、柾しかいねーと想ってた。良くも悪くも目立つなら、同じ様に目立ってるヤツの側に居りゃ中和されんだろ。ただ、側に置くって決めたなら、ちゃんと守ってやれよ。わざわざ会長補佐にするぐらい目ぇ掛けてんなら、最後まで面倒見てやって欲しい。俺にとっても前は大事な後輩だから」

 コイツの事だから、半端な真似はしねーだろうけど。
 半端な事すりゃ、凌含めて他のヤツも黙っていないだろうし。
 けど、敢えて言っておきたかった。
 何か嫌な感じがする。
 前途洋々ではない、前の生徒会長補佐入りは不穏だ。
 来年には柾の次世代を担う、やり手の中等部生徒会組が進級して来るし。

 「わかりました。ご忠告有り難く頂戴致します」
 「…ナニ笑ってんだよ」
 「いいえ?改めて陽大の凄さを痛感しただけです。まだ一学期終わったばっかなのに、アイツはマジで皆に好かれてんなーってね」
 「貴重な人材、だけじゃねーだろ。人柄良すぎるから誰もが心配する」
 「毒気ゼロですからねー」
 ん?
 何か見た事ない様な、随分優しい目で微笑ってやがる。

 「てめぇこそ、貴重な人材の後輩に対するにしては目を掛け過ぎっつか」
 「宮成先輩は復縁と、無事の卒業の2点に集中されてはいかがでしょうか。お家事情もお察し致します」
 では失礼致しますと、一礼して去る柾を最早無言で見送った。
 完璧に美味いエスプレッソは、まだ温かいままだった。
 そういや、婚約者云々の真相はどうなってんだ。
 1番聞きたかった事に触れる暇など、当面なさそうだ。



 2014.2.15(sat)23:57筆


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