11.孤独な狼ちゃんの心の中(15)


 1ヵ月ぶりに戻った寮部屋は、病院みてーな匂いがした。
 隅々まで消毒しましたって匂い。
 どこもかしこも磨かれていて、まったく落ち着けねー。
 掃除が行き届いていようがいまいが、何処にいても同じだ、どうでも良いが。
 どこぞのホテルみてーにご丁寧に、換気も温度調整も勝手にされてるのを、わざと窓を開けて暑苦しい空気を取り入れ、そこらに制服を脱ぎ捨てた。

 穂はまだボケっとしてる。
 虚ろに立ち尽くしてんのを、どうしたら良いかなんて俺が知るワケねー。
 何かヤバい雰囲気に、いきなり泣かれたら面倒だと、穂が好きなコーラを冷蔵庫から取り出し、頬に当てた。
 「ん。飲めよ」
 「冷た…びっくりしたー…あ、『十八コーラ』?」

 無言で頷くと、穂はニカっと笑って「サンキュ」と蓋を開けた。
 喉が鳴る音を聞きながらソファーにぶつかる様に座り、煙草を吸った。
 1/3短くなったところで、穂にうるさく言われる事を想い出したが、穂は黙ったまま然程飲んでないコーラのパッケージを眺めていた。
 どうしたんだ、コイツ。
 夏休みボケかホームシックか、親にもダチにも相当甘やかされて育ってんだろーから、甘えられても面倒だ。

 灰色の煙を深く吸い込みながら、ため息と一緒に吐き出した。
 いつの間にかコイツの存在が面倒でしかない。
 んなの誰が相手でも同じだけど。
 ツルんでいる内に飽きて来る、いつもの事だからどうでも良い。
 マジで厄介になったら手ぇ放してサヨウナラ、終わりだ。
 それはそれで良い。

 コイツがボケっとして、珍しく沈黙し始めたのは、始業式の終了直前。
 クソ会長が前を補佐に指名した、それもてめぇの後窯にする気なのか、会長補佐に指名した後からだ。
 昔から此所に居るヤツなら暗黙の了解だ、会長補佐になる意味を。
 穂は知らねー筈だが、クソ会長に傾倒してやがるからやっかんでんのか。
 それにしては大人しい、コイツの性格上、想った事は何でも行動、今すぐ前に突っかかりそうなもんだが。

 穂が大人しい事に引っ掛かるフリをしながら、俺自身、ボケっとしてる。
 二学期早々、嫌な空気が蔓延した。
 壇上に今にもぶっ倒れそうなツラで上がった前と、その隣で偉っそうに笑ってやがったクソ会長の姿が、脳裏から消え去らない。
 制服姿が、勝手に体育祭のあのふざけたコスプレに変換される。
 夏中ずっとだ。
 ずっと消えなかった、くだらねー芝居とあの和装姿。

 イラついて仕方ねー。
 何で前とクソ会長の並んだ姿ばっかりリピートされんだ。
 この学園のくだらねー行事には散々慣れてるものを、何で今更衝撃受けてんだ。
 ウゼーんだよ、前もクソ会長も。
 生徒会でも何でも好きにしやがれ、アイツらが誰に罵られようが何だろうが俺にはまったく関係ねー。 

 「…はると…大丈夫かな…」
 その時、絶妙なタイミングで穂がポツリと呟いた。
 完結した思考を蒸し返された様で、咄嗟に怒鳴り返していた。
 「うるっせぇんだよっ!!関係ねーっつってんだろうがっ」
 そこらにあったリモコンか何かを投げつける。
 瞬間で穂のボケっとした顔色が変わった。

 「なんだよっ!!怒鳴る事ないだろっ!!ミキは心配じゃないのかよっ!!オレっ、オレはどうしたら良いかわかんなくて、親友として真剣に悩んでんのにっ」
 「知らねーよ…!俺にもお前にも関係ねーだろうがっ!前が生徒会に入ろうが会長になろうが知った事か!」
 「友達にそんな言い方ねーだろっ?!ミキおかしいっ!!クラスのヤツが大変な目に遭ってんのに、ミキだってはるとの弁当食うクセにっ!!はるとがこれからどうなるか、あんなイヤな空気なのに、」
 「うるせぇっ!!お前が悩む事じゃねーだろうがっ!!どうにもなんねーよ!!」

 胸倉掴んできやがった穂を押し返し、手荒くはね除けた。
 静かになった室内に、互いの息切れする音が奇妙に響いた。
 灰皿に押しつけた、まだ微かに火が点いたままの煙草が煙を上げ続けている。
 やがて静かに、穂が口を開いた。
 「オレには、はるとよりも誰よりも、ミキが1番悩んでるように見える…どうしたら良いのか、これからどうするのか、1番迷ってんのはミキだろ…」

 気がついたら、穂の姿はなく、煙草は小さくなっていた。
 俺はこれからどう動くのか。
 今までと変わりない筈なのに。



 2014.2.11(tue)23:58筆


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