8
1限開始のチャイムが鳴っている。
だが勿論、そんな場合じゃない。
「「「「「聞いてないんだけど」」」」」
室内の誰もが渋面で、わけがわからないと嘆息している。
ただ1人を除いて。
「だろうな。さっき決めた事だし」
あっけらかんと言い放つ、こんな急展開は今に始まったことではない。
わかっている、長年の付き合いで嫌という程、身に染みている。
この男が良しと決め、想い立ったが最後、誰に何の報告連絡相談なく突っ走る、何せ決断から行動が早いこと早いこと。
経過に問題があろうとも、結果が必ず良いものになるとわかってからは、「彼ら」裏の3大勢力だけではなく、他の表メンバーや諸先輩方、先生方まで黙認するようになった。
日頃からそういった彼の判断に甘えている面があることも、片腹痛い事実ではある。
あるのだがしかし、今回ばかりは看過できない。
何がどうなってこうなったのか。
前陽大が生徒会入りする。
そもそも武士道のほぼ独占であったが、風紀も生徒会も欲しい人材である。
だから、これから皆でじっくり相談の上、どこに所属するのがお母さんにとって良いことなのか、自分達の卒業後も踏まえて考えていくのが総意であった筈。
始業式という全生徒、教職陣が勢揃いする中での思いつき発表なんて!
今更覆せるわけもないが、問いたださねば気が収まらない。
またも騒ぎの渦中に立たされた本人にも、説明しようがないではないか。
それぞれの脳裏を、青ざめて立ちすくんでいた、壇上の前陽大の姿が過った。
誰の目にもまったく本意ではないのがわかる、けれど素直に受け取らない輩が大半、それがこの学園だ。
特に舞台と距離のある生徒達は、繊細な表情を読み取ることなど不可能、「また」前陽大が柾昴の隣に立っている、としか見えない。
昼にはバラ撒かれるであろう号外が憂鬱だ。
「…昴が自由に走る事で、この学園が変化した事は事実だ。それに俺もかなり頼っているけど…今、ちゃんと聞いておきたい。全員同じ疑問だろうけど、昴は陽大君をどうするつもり?体育祭の時と言い、旭とグルになって遊びが過ぎる様に見える。ただのノリなら俺は許さない。風紀の権限を持って陽大君の補佐入りを撤回させる。誰より平穏を願っている一般生徒を…、俺の大切な友人を傷付ける事は絶対に許さない」
毅然と口を開いた凌に、皆、少し気圧されながらも同意の心持ちだった。
前陽大が平穏な学園生活を望んでいるのは、彼らにとって火を見るより明らかだったから。
「へぇ…凌がそんな事言うなんて珍しいな」
「茶化さないで。俺とて風紀委員である前に1生徒に過ぎないから」
「別に茶化してねえよ。良いんじゃね。役職に傾倒すると視野が狭くなる。俺らの目指すものの為にも、先ず俺らが1生徒として在るべきだろ」
それこそ珍しくやわらかな眼差しになる昴に、凌に続こうとしていた勢いを挫かれた。
ごくたまに見せる、この男らしからぬ優しげな空気が、皆苦手だった。
体育祭後に撒かれた号外は、見てすぐそれぞれ握り潰した程、俺様マイペース笑い上戸の真の素顔はどこか居心地悪い。
ふざけてこそ、演じてこその柾昴と言うか何と言うか。
「あいつをどうやって守ったら良いか、ずっと考えてたんだけどさ」
聞きように因っては恐ろしいセリフに、ぎょっとなって視線が集中した。
未だ誰も踏み込めずにいる、下界に婚約者がいるらしい号外ネタを知らなければ、全員で詰め寄っている場面だ。
「陽大がどう動いても、俺らがどう動いても、何かしら反感は生まれる。あいつがどうしたって目立つのは抑えられねえし、フォローも間に合わねえ」
カラリと王者の手で窓が開けられ、まだ夏の気配が色濃い風が室内を駆け巡った。
「だから側に置く事にした。1番目立つ場所、俺の隣に敢えて置く。中途半端に単なる補佐にしたら、ますます反感強くなるだろうし?
悪ぃな、日和佐先輩、凌、仁、一成。陽大は生徒会がいただくぜ。『生徒会長補佐』として…意味する所はわかんだろ」
風が吹く。
季節を巡らせる為に、時を動かす為に、風は吹く。
すべて良いも悪いもない。
瞬間の決断の積み重ねが結果、吉凶の感想はそれぞれの都合に過ぎない。
ただ、ゆっくりと動き出す。
嫌が応にも変化する為に、流れは誰にも止められない。
最後に笑うのは、誰だ。
2014.2.6(thu)23:17筆[ 541/761 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]
- 戻る -
- 表紙へ戻る -