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マイクエコーの反響がよく聞こえる程、講堂内は一瞬で静まり返ってしまった。
今、何と仰られました?
俺はバカみたいにぽかんとして、目の前の舞台上、中央に堂々と立っている柾先輩をただ見上げた。
おっと危ない、たぶん気の所為だろうけれどこちらを向いているように見える。
いけません、先輩の目は凶器ですから、メドゥーサさんですから。
まともに直視しては心臓に悪いだけです。
ふん、今日は眼鏡なんですねぇ。
どうでもいいことですが、別に惚れた弱味とかではなく、いや何と言いますか、惚れ…とかじゃなくてですねぇ、先輩は眼鏡がよくお似合いですねっていうことです。
そう、「男前同盟」としてはメモるところ、赤でチェックポイント!
仕事がデキるイケメンは、眼鏡が似合うっていうことです。
俺だって頑張りますからね、将来の自分に期待しておきます、なにごとも希望を忘れてはいけませんからね。
それにしても今、何と仰いました?
いえ、俺の空耳に間違いないですけれども。
どうやら生徒会さまには補佐制度があって、この2学期から新しく補佐を加入しますというご連絡ですよね。
それは大事なことだと想います、とってもとっても大変そうですもの。
もし、もしも柾先輩がお弁当シフトのことをご記憶で、また開催するならば6人分の差し入れということですね。
新しい生徒会の御方は何がお好きでしょうか。
もしお話できる機会があるならば、ぼんやりしていないでしっかりリサーチしないといけませんね。
ええと、ほ、惚れた腫れた云々は置いてというか早く忘れて消去して、たくさんご迷惑おかけしてお世話になっている分、マロンさまの為にも、できる限りの協力を惜しみませんとも、何も生徒会さまだけに限らず、3大勢力さまと先輩方にね。
うん、ところでどなたが加入されるんでしょうねぇ。
キョロリと一通り見渡して、慌てて自分の足元に視線を下げた。
これは一体、どういった状況でしょうか!
我が1年A組はもちろんのこと、全校生徒ばかりか先生方まで、あろうことか十八さんまで、何故か俺を凝視しておられる!!
しかも皆さんの心の声を代弁するならば、「え?マジで?」という、一般生徒は勿論のこと、3大勢力さまから同じ生徒会の皆さままで、誰もが寝耳に水の表情で。
これは一体、なにごとですか?!
はっ、きっと俺の隣や後ろに並んでおられる生徒さん、どなたかが指名されたっていうことですよね?
「……前陽大…」
きゅっと、左のブレザーの袖を掴まれた。
ぎくりと身体が震えて、どうしたらいいのかわからず、お窺いを立てるように合原さんのお顔を振り返って、どんな一声も出せなくなった。
柾先輩の親衛隊に属する、合原さんでも何もご存知ないのだろうか。
何故か、すごく心配そうな、泣きそうな瞳で俺を覗きこむように見ておられた。
どうしてこんなお顔をなさっておられるのだろう。
体育祭の頃からずっと、合原さんには嫌な想いを味わわせてしまって、俺は入学式から注意されていたのに、うっかり自分の気持ちを認識までして。
合原さんの隣にのほほんと立っていられる立場じゃないのに、労るように囁かれて、ものすごく困ってしまった。
「…柾様の気まぐれで、何かの冗談かも…気にせず、素知らぬフリしたほうが、」
けれど、絶対的な王者に阻まれた。
「1ーA、前陽大。聞こえなかったのか?俺が来いっつってんだろ。早くしろ」
同時に、あちらこちらでざわめきが復活した。
すぐ仰ぎ見れば、傲岸不遜な演技で笑っておられる柾先輩がいる。
真意が掴めなくて、俺はぼんやりするしかない。
焦れたように手招きされて、何が何だかわからないまま、引き寄せられるように舞台に上がっていた。
ざわめきがより大きくなる。
いつの間にか、奥にいらっしゃった筈の他の生徒会の皆さまも中央に出て、それぞれ複雑な表情を浮かべていらっしゃった。
柾先輩だけが笑い、隣に立つように顎で示された。
手が震える。
膝が震える。
心が震えっぱなしで、まだ残暑厳しい折なのに1人で寒くて仕方がなかった。
こんな景色をいつも見ておられるんだ。
生徒さん皆さんの前に立つということ、その重みを想い知り、不穏な雰囲気に打ちひしがれるしかない。
3大勢力の皆さん、様々な役職で前に立たれる皆さん、先生方、こんな景色を見ながらお話されていただなんて。
照明が眩しくて、目が眩みそうだ。
俺は高いところが好きなのに、この僅かな高さに怯んでしまう。
柾先輩がまた何か仰って、ふわっと場が和んで笑い声まで聞こえた、式の最後には拍手までわき起こっていたけれど。
何も聞こえなくて、気が遠くなりそうになるのを必死で堪えるばかりだった。
この華やかな世界に場違いであるのを、十分自覚しているにも関わらず、何故か立たされている事実に、どうしようもなく動揺していた。
2014.2.5(wed)21:41筆[ 540/761 ][*prev] [next#]
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