6.マジか!!


 「「「「「お母さーん。おはよう!」」」」」
 「おはようございます。皆さん、ほんとうにお久しぶりでございます」
 「「「「「ね―――」」」」」
 「あらあら、皆さんったらこんがり焼けて…そのお顔は楽しい夏休みの証ですねぇ。焼けてない方も充実のお顔!夏休み、楽しかったですか?」
 「「「「「うん!」」」」」
 「まあまあ、よかったこと!」

 「でもお母さんに会えなくて寂しかった〜」とか、「あのねえ、俺ねえ、フィジーに行ってねぇ」とか、「お母さんお母さん、後でお土産渡すからね!」とか、いろいろなお声にうんうんと頷きながら。
 早朝の動揺がなんとか治まるようにと願った。
 皆さんのお話に耳を傾けながら、どこか上の空だなんて申し訳ない。
 先輩の強すぎる存在感が恨めしい。

 なんて、俺に邪な想いがあるから悪いのだけれど。
 なんとも想ってない時は、ひとつひとつの物事に集中できていたのに。
 いや、初めてお見かけした時から、既に心を奪われていたような気もする。
 今になって想えば、あんなにも鮮やかな印象だった御方はいなくて、1番最初にお名前を覚えたのも柾先輩だった。
 うーん、でもそれは誰しも同じだろうか。

 ぐるぐる考えつつ、あちこちからの声に笑って応じた。
 この夏休み直後のにぎやかさ、時を経ても場所を変えても似通っているなあ。
 中学校までずっと地元だったから、お休み中だって会っているにも関わらず、秀平たちも毎回こんな風に長期お休みの後は、「あのね、聞いて聞いて」状態だったっけ。
 ちょっとデジャブ、懐かしいなあ。
 十八学園のクラスメイトさんとは、皆さんお忙しい為、お会いできなかった方々ばかりで尚のことにぎやかだ。

 微笑ましいなぁと想いつつ、おかげさまで早朝の遭遇が遠い出来事となっていくことが有り難い。
 このままなにごともなく始業式まで終わっていただけたら、後は野となれ山となれ。
 問題はお弁当シフトだけれど、これからどうなるかわからない。
 それ以外で柾先輩と接する機会などないから、この想いも自然に薄れていくだろう。
 そこまで想い至って、あれ?と胸が騒いだ。

 そうだ、2学期3学期と続いていくがこの先、体育祭のように上級生の方々と身近に接する行事などない。
 来年まで、そんな行事は一切ない。
 つまりこのまま、柾先輩とお会いすることはほとんどなくなるのだ。
 あれ?
 今度はズキリと胸が痛んで、痛みを鎮めるように手を当てた。

 それこそ俺の望みで、想いの消滅が最優先事項であるのに、現実を知った途端に周りの景色が、喧噪が遠退いてゆく。
 つまり、今朝の遭遇は奇跡の瞬間だったこと。
 元々ない接点が、いろんな偶然でできあがっていただけのこと。
 もうこの先、学校的にも個人的にもお会いすることはないんだ。
 稀に廊下ですれ違うぐらいが関の山?

 そうか、そうだったんだ。
 越えられない巨大な壁が、更に高さも厚みも増したような、誰がどうしたって壊せない距離感を今更想い知った。
 柾先輩があまりに気さくだから、つい忘れてしまいがちだった。
 俺はとことん駄目だ。
 想い通りだバンザイ!と笑えない、なんて愚かなことだろう。

 「えっ…音成様はお母さんと夏休み会ったんですかぁ…?」
 「おう!バスケ部関連でちょっとだけどなー。つか怖いよ、合原…睨むなよ」
 「え―――っ!大介ズリぃ!!オレだってオレだって、はるとと遊びたかったのにっ!夏休みんなって気づいたけどっ、はるとの連絡先知んないしさぁ!!」
 「「うるさいよ…九」」
 なんだかじゃれ合っておられる、大介さんと合原さんと九さんのお声をバックに、俺は1人ショックを受けていた。

 受けている間に教室から講堂へ移動、我に返ったら始業式も終盤、生徒会からの連絡まで進行していた。
 あれあれ?
 いくつか吹き荒れたであろう、嵐にも気づかないままだった。
 まったくお話を聞いていない。
 大切な連絡事項があったかも知れないのに、どうしましょう。

 「――…では、これにて始業式を、」
 わあ、十左近先輩のアナウンスで幕を閉じようとしている。
 ほんとうに何にも聞かずじまいだった。
 こうなったら教室へ戻る途中、大介さんや合原さんに、どんな連絡があったかお窺いしなければ。
 人の話はちゃんと聞かなくちゃいけないのに、俺は今朝から動揺し過ぎだ。

 「ちょっと待った」
 その時、アナウンスを遮るように、柾先輩の声が響いて想わずびくっとなった。
 明らかにこれで式は終わりだという空気だった、生徒さん方も先生方も不審そうなお顔になってざわめいておられる。
 なにごとでしょう。
 更に動揺してしまうじゃないですか、視界に入らないように気をつけねば。

 「静かにしろ」
 わあ、舞台奥へ引いておられたのに、また中央へ歩み寄りマイクを手にしている、紛うことなき生徒会長さまバージョン、柾先輩だ。
 大して感情の隠っていない、静かなお声だったのに、その一言で講堂内は落ち着きを取り戻してしまった。
 相変わらずですねぇと、俺は、目を背けながらも完全に他人事だった。
 
 「最後に生徒会から連絡がある。生徒会に補佐制度があるのは皆知っての通り。ま、俺ら5人だけで十分回ってるけど?何か物足りなくてつまんねえから、俺様の下僕っつーかお母さんっつーか姫っつーか、引き入れる事にした。
 1年A組、前陽大。来い。今学期から生徒会長補佐として、生徒会入りを命じる」

 世界が、回った。



 2014.2.4(tue)23:45筆


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