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大声で叫びそうになって、慌てて自制のお口チャック!
早朝です。
紛うことなき早朝です。
草木も体育会系の皆さんも起きていらっしゃるけれど、大概まだおネムです。
一成さんや、同じく朝にお弱いらしい凌先輩は、まだまだぐっすり夢の中ですよ。
自分の手の中でモゴモゴしつつ、まじまじ見つめた。
見つめても消えない。
ということは、ご本人さまに間違いないですね。
柾先輩は一体、こんな朝っぱらから何をしておいでなのでしょうか。
よもや来年の体育祭の準備?!とばかりに、ジャージとTシャツ姿にスポーツドリンク付きで、素敵な街の中に威風堂々と立つイケメンさん。
ジャージなのにパリコレクションのカリスマモデル並みに見えるのは、俺の邪念のせいではない。
元々そういう御方なのだ。
しかし、距離があってよかった。
一瞬、驚きで止まりかけた鼓動が自然に早まり、勝手に頬が赤らんでいく。
あまりにお久しぶりすぎて、すごく動揺している俺がいる。
窓枠にかけた手が、震えているのがわかる。
だって、まともに相対するのはあのソーダ味の、ごにょごにょ以来だから。
写真を直視できても、実物を見るには心の準備が整っていないというか。
と言うか、何故こんな状態になっているのでしょうか。
先輩はおもむろに唇の前に人指し指をかざし、例のスマートな電話を取り出した。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ胸が痛むのは、免疫ができてないだけだ。
「わ…!」
ぼうっとしている間はほんの僅か、急に震え始めた携帯電話に驚いた。
どちらさまでしょう、俺の知り合いに早朝から起きてる人は、余程のことがない限りいないと想って、電話と外を交互に見て納得した。
ひとりだけいらっしゃいますね、たった今。
恐る恐る手にした携帯には、柾先輩からのメール受信の表示が光っている。
『おはよ。1つだけ灯り点いて窓開いてたから、ぜってー陽大だと思った。やっぱそうだったな』
確かにこの距離感で、声を大にして会話はできない。
『おはようございます。朝も早くからお疲れさまでございます。もう来年の体育祭の準備ですか?流石ですね』
何でしょうか、この筆談状態ったら。
『日頃から鍛錬を欠かさないだけでございます。散歩もジョグもほんの嗜み程度ですが?』
『左様でございますか。晴れてよろしゅうございましたね』
『誠に。お代官様はおめざのお時間ですか』
『今日の俺は食堂部なので、朝のおやつはいただかないんですよ、柾屋さん』
『成る程、相変わらずの食堂贔屓で。1人で行かねえよな』
『武士道と一緒でございます。シェアするんです。ふっふっふ』
『それは良うございました。つか、昨日のマロン見る?』
『!!!!!見たい!!!!!でございます』
『ビックリマーク多過ぎんだろ。ほい。昨日と今朝のマロン様』
『な…!!!!!お可愛らしさが宇宙をも凌駕して…!と言うか、ションボリなさっておられるじゃないですか〜…柾先輩、今すぐご帰宅ください。緊急事態でございます』
『そうしてえけど仕方ねえ。マロンとは腹割ってちゃんと話したからいーんだよ』
『くっ…美しすぎる…マロンさまのこのつぶらな瞳…抱きしめたい!!』
『話振っといてスルーすんなよ。後で赤リボン付きマロン送るわ。じゃ、また』
『赤リボンマロンさま!!くれぐれもよろしくお願いいたします。始業式の健闘お祈りしております。追伸:海辺のマロンさま、ありがとうございました』
『んーサンキュー。遅れんなよ。追伸:どういたしまして。泳ぐマロン様もやる』
不敵に笑って、片手を上げて速やかに去って行く。
携帯電話を手にしたまま、しばらく動けなかった。
心臓の音が、耳の中で穏やかにこだまする。
先輩が去った後の街は(街じゃないけれど)、急に色褪せたように寂しくなった。
さっきまであんなに晴れていたのに、雨でも降り出しそうな、変わり易いお山のお天気みたいだ。
どれだけ存在感強いんですか。
どれだけ光を放っているんですか。
「駄目、なのに…駄目だ…」
1年A組は式典の度、最前列に並ぶ。
舞台上と下ぐらいの僅かな距離感では、俺は保ち堪えられないかもしれない。
いちいち動転して、一喜一憂している場合ではないのに、そんなこと駄目なのに。
あなたが幸せだったらそれでいい。
その中に俺は存在していなくていい。
なのに、会えば嬉しいと想う。
言葉を交わすと高揚する。
ささやかな一挙一動を、勝手に目に焼きつけて、記憶の宝箱の中へ大事に仕舞いこもうとする。
恋って、キラキラと光るものじゃないのか。
もっとたくさん話したい、少しでも近くにいられたらいいのにって。
まるでキリがなく次から次へと特別を望む、俺はどうしてこんなにも弱い、嫌な人間なんだろう?
2014.2.2(sun)20:44筆[ 538/761 ][*prev] [next#]
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