2.ソーダ


 もう何度見たことか。
 配布された日からずっと、毎日毎日、眺めるのが習慣になってしまった。
 だから、すっかりボロボロだ。
 でも色褪せない。
 号外中央に大きく引き延ばされた、柾先輩の微笑は今日も鮮やかだ。

 手にしたスマートフォンに対して、いや、その電波で繋がった向こう側、お相手の「れな」さんに向けて、この上なく幸せそうな、温かい微笑を浮かべている。
 粒子の粗い写真で、当然ながら写真は喋ったりしない、けれどその瞳が愛おしくて仕方ないと、雄弁に語っている。
 それでいて切なさも感じられるのは、お互いの世界が離れているからだろうか。
 こんな優しい表情、見るのは2回目だ。

 新入生歓迎会の後、隠れ家で柾先輩のお手伝いをした時だった(俺は結局、ほとんど役に立たないどころか、うっかり寝てしまったのだけれど)。
 その時も先輩は、「れな」さんと電話していた。
 同じだ。
 寝起きで目撃したから、ぼんやりと遠目だった、あの時よりずっと優しく、一際甘い眼差しに見える。
 先輩がこんな顔になる「れな」さん。

 号外が出た後は、試験前に突入したのに、上も下も大騒ぎで大変だったっけ。
 武士道も、他の3大勢力の皆さんも、それは驚いていらっしゃった。
 十八さんだって知らなかったって、驚くと同時にちょっぴり傷ついたようだった。
 落ち着いていらっしゃったのは、富田先輩と旭先輩の御2方だけだったように想う。
 ほとんどどなたもご存知なかった、柾先輩の大切な婚約者さん。

 号外の最後には、柾先輩の親衛隊長である、富田先輩のインタビューが少しだけ載っている。
 『柾様には大切な方が外にいらっしゃる事、薄々察知しておりました…どうして僕達に目を向けて下さらないのか、親衛隊内外問わず遊び1つ興じられないのは、長年の懸念でしたから。しかし隊員全員、とうに腹は括っています。柾様に想い人がいらっしゃっても、僕達の親愛は揺らぎません。今後も変わらず柾様をお慕いし、婚約者様の為にもお守りする覚悟です』

 すごく納得できた。
 富田先輩は事情をご存知だったから、柾先輩から俺を遠ざけようとなさったのだ。
 柾先輩の学園でのお仕事や生活に支障ない様に、何より外で待っていらっしゃる、「れな」さんのために。
 公にできるお話ではなくて、3大勢力さんや十八さんにも明かされていないぐらい、俺などには尚更話せなかったのだろう。

 今ならわかる。
 いろいろなことが、よくわかるのだけれど。
 
 わからないのは、どうしようもないのは、自分の気持ちだけで。

 この夏休み、たくさんの人たちと会った。
 秀平たち、武士道の皆、十八学園の皆さんともお会いする機会があった。
 街やちょっと足を伸ばした先、いろんなイベントでお話したり、ごはんを食べたり作ったり、毎日のように出かけては遊んだ。
 母さんと十八さんと3人で、1泊旅行にも行った。
 すごく楽しい夏休みだった。
 
 想い出がたくさんできて、絵日記の宿題があったとしたら、毎日描ききれない程カラフルなものになっただろうなと想う。
 すごく楽しかったのに。
 ふとした瞬間にいつも、今この場に居ない、会えない柾先輩のことを想い出した。
 その時々、側にいてくださる人たちこそ大切にしたいのに、先輩のことを忘れる日はなかった。

 俺のことを面白がってバカ笑いする先輩とか、マロンさまのお写真を得意気に見せてくださった先輩とか、真摯な表情の先輩とか、旭先輩と一緒に楽しそうな先輩とか。
 十八学園に入学したばかりの頃、お花見中、初めて近くでお話してお弁当を食べたこととか。
 いっぱいいっぱいになっていた俺を、背中を貸してくださって、泣くのを許してくださったこともあった。
 体育祭の練習中はいつも、スパイごっことかお代官さまごっことか、漫画やゲームのお話で盛り上がった。

 生徒会長さまとして、重責を堂々と負い、皆さまの前に立っている柾先輩じゃなくて、俺が見ることのできた、恐らく素顔に近い先輩のことばかり想い出した。
 どうして、キスしたんだろう。
 疑問は晴れない。
 何てことはない、先輩の気まぐれだろうに、俺はそうは想いたくないのか。

 初めてのキスは、とんでもない男前の方がお相手で、レモン味ならぬシュワシュワでフルーティーなソーダ・花火風味だった。
 なんてね。



 2014.1.29(wed)22:53筆


[ 535/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -