1.怪奇…!早朝の理事長室!


 一部の活発な部活動、委員会等の生徒活動を除き、世間一般的にも未だ眠りに就いている人間が多い時間帯。

 「何だ、こんな朝早くから儂を呼び出すとは…随分偉くなったものだな、嘉之(よしゆき)?」

 けれど、言葉とは裏腹に一分の乱れなく正装し、完全に覚醒している表情。
 きっと、全てに備えあり。 
 この人は一筋縄では行かない。

 しかし、守るべき存在がいるから。
 今日ばかりは冷静に黙って居られなかった。
 例え、この人の普通ではない思考と直感から招かれた行動が、紆余曲折の末に円満な結果を導くのだとしても。
 ずっとすぐ近くで肌身で感じ、見て来た事だとしても。
 譲れない。

 「はぐらかさないで下さい、お父さん。貴方の事ですから、何もかもお見通しでしょう?」
 「やれやれ…何の事だか…儂も『二足の草鞋』で忙しいのだが?」
 「それを望んだのは貴方でしょう。誰も反対こそすれ、賛成等して居りません。そんな事はどうでも良い…」
 怒りに震える拳を、懸命に握り締めて耐えた。


 「陽大君の事です。何故、直前になって彼の同室者や、既に決定していたクラスを変更為さったのですか。今更何を企んでいるのです?」


 想像はしていたが、案の定、返って来たのは何事にも動じない、狡猾さを含めた満足そうな微笑。
 「お前、やっと気付いたのか」
 「ええ…最早手遅れという段まで、報告が回って来る事はありませんでした。こんな強硬手段を押し通すのは貴方しか居ない、貴方にしか出来ない事でしょう。どういうおつもりなのかお聞かせ下さい。今更認めるの認めないのお話ならば、」
 「視野が狭い」
 「は…?」


 「嘉之、お前はあの親子に関する事となると、途端に視界が狭くなる。危険な傾向だ」


 「……お父さん」
 「この期に及んでお前の邪魔をする気も暇も持て余して居らんわ。ただ儂は儂のやり方で事態を見る。結果如何では、お前の勘当も辞さん。それだけの覚悟は在ろう?」
 「……それは構いませんが、何故、面妖な手続きを為さったのです…?」


 「ふ……昨日、初めてあの子に会った。礼儀正しく快活な、美しい字を書く子供だった」


 「お父さん……」
 「まぁ、結果を待とうではないか。あの子供が今日からこの学園でどの様に立ち回るか…誠、見物よのう……」
 喉を振るわせて笑う老獪な怪物を、ただ、見つめるしか出来なくて。
 自分は、自分で、出来る限りの力を持って、あの子を守らなくてはと改めて決意した。



 「ところで、折角出向いて来てやったのに、お茶の1つも出せんのかのう…」
 「セルフサービスですので、御自由に」
 「嘉之、お前は、」
 「我が学園の教育方針の1つに、私の代より『個々の主体性の育成』を掲げて居ります。我が学園の敷地内全てに於いて、遂行されるべき方針です。頂上に君臨する我々が実践しないでどうしますか。はい、飲みたいなら御自由にどうぞ!」

 「……まったく口が減らんのう……」
 「誰の遺伝子でしょうね〜不思議ですね〜あ、入れるならついでに私の分もお願い致します。お父さんはとても器量が大きく、親切なお人柄の持ち主だと、幼少時より今に至るまでずっと尊敬を忘れた事はありません。朝はやっぱりイングリッシュ・ブレックファースト、温かいミルク添えですよね?」
 「…………」
 「イングリッシュ・ブレックファースト、温かいミルク添え」 
 「………はい」



 2010-05-09 23:57筆



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