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 柾先輩の瞳は、いつもまっすぐで深い。
 絶えず光を宿していて、強く、キラキラ光っている。
 その瞳の中に何故か、俺がいる。
 ぼんやり間の抜けた顔をした、まるで冴えない俺がいる。
 どうして俺なんだろう。
 どうして今、ここには俺しかいないんだろう。

 早くチームのところへ戻っていればよかった。
 元々長居する気はなかったのに、いつも間の悪いところを見つかってしまう、格好悪いばかりの俺だ。
 みっともないところばかり披露して、こんなただでさえイケメンさん揃いの中、トップの座におられる格好いい先輩の前で、居たたまれないこと甚だしい。
 まともに見ていられなくて視線を逸らした、ふと先輩の空気が緩んだ気配がした。

 くしゃっと頭に手が触れたのがわかって、また目を合わせるしかなくて。
 「取り敢えず保留にしとけよ。すぐ答え出さなくていーだろ。まだ1学期じゃん。いろいろあったから濃かっただろーけど…今日も疲れただろーけどさ。マジで限界んなったら俺に言え。どうにかするし、どうにもならなかったら仕様がねえけど。陽大には十八学園に居て欲しいし、先の事はわかんねえけど、笑って卒業して欲しい。楽しかった!ってお前が言える様に、俺も、俺らも皆、側に居るから」

 どうして先輩からのあったかい言葉を、俺はひとりで聞いているんだろう。
 くしゃくしゃと、労るように頭を撫でる手が、今までになく優しすぎて、細められた瞳があんまりにも寂しそうで。
 胸の奥が疼くように、じわじわと堪えていたものがせり上がってきて、最近緩みっぱなしの涙腺が壊れそうになった。
 そしてずっと、変な緊張感と居心地の悪さで、心臓が痛い。

 柾先輩にここまで言っていただける人間じゃないのに。
 こんな風に接するべき人たちは、他にたくさんいらっしゃるのに。
 「せ、先輩なんかどうせ、十八学園ではかつてない面白宴会要員な後輩の俺が珍しいだけじゃないですか…地上にはもっと面白い御方がいらっしゃいますし、先輩だったらどなたさまともお知り合いになれるでしょう。と言うか、ここでも外でもたくさんの素敵な人に囲まれていらっしゃるのに…俺が珍しいからって、遊ばないでください」

 どうしたらいいのかわからなくて、ほんとうに言いたいことなのかどうか、ひと呼吸置く間もなく喋りながら、頭の上の手を退けた。
 先輩にどんな思惑があるのかわからない。
 たくさんの重責を負っておられる方だから、清らか一辺倒では何の物事も動かせないお立場だということしか、俺には察せられない。
 わからないけれど、向けてくださったお言葉や気遣いは、間違いなく温かくて誠実なものだったのに、俺は素直に受け止められなかった。

 何をしているんだろう。
 「ありがとうございます」その一言だけでよかった。
 もしくは「お気遣いありがとうございます。検討させていただきますね」、それで会話は終わりだった。
 お忙しい柾先輩のお時間を、どれだけ奪ったら気が済むのか。
 しばらくの沈黙の後、先輩はため息を吐いて、想わず肩を揺らした。

 「あっそ、じゃあもう知らねえ。好きにしな」ぐらい、言われるんじゃないかと想ったら、ぞっとした。
 勝手だ。
 手を差し伸べられたらオタオタして、否定して。
 背を向けられそうになったら、ショックを受ける。
 自分の未熟さは重々承知だけれど、こんなにも俺は勝手な人間だったっけ?

 「…やべえな…」
 「えっ」
 ちいさな呟きが聞こえず、困惑のあまりおおきな声で反応してしまった。
 「いやー…。んー…陽大って、いろいろ踏んでくれるよな」
 「はい?仰っている意味が…いえ、すみません。いち後輩の分際で存在自体が失礼に当たっているのは自分でも理解しております…どうかもうお許しください。見逃していただけたら幸いでございます」

 先輩は何故か、口元を片手で覆いつつ、夕暮れの影響でそう見えるのかもしれないけれど、なんだか目元を赤らませておられる。
 お熱???
 はっ、ずっとハードワークのハード競技だったからお疲れさまで?
 それとも、俺と話す内にご気分を害されてしまったのか。
 いずれにせよ、速やかに撤収ということには間違いない。
 そう切り出そうと想ったけれど。

 「だから言ってんだろ。面白くて可愛い後輩だって」 
 「…わかっておりますとも、面白宴会要員ですよね…けれども猫型ロボットのお話だったら業田先生とできますし、先輩には旭先輩というそれは素敵で無敵なご心友もいらっしゃいますし、俺など何の特徴もなく持ちネタひとつなく…」
 「ぶはっ!素敵で無敵って、旭は魔女っコかっつーの」
 「何がそんなに面白いのやら、皆目見当がつきませんけれども、先輩ならそんな沸点低い笑い上戸なんだぜ俺っていうところも、絶妙なチャームポイントとして親しまれると想われますので、どうぞ他をお当たりくださいませ」

 「あのなー…何で伝わらねえんだ、俺の陽大愛」
 「んなっ?!ちょ、ま…!!」
 今この御方、何と仰られました?!!!



 2014.1.20(mon)20:17筆


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