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 振り返って、目がまんまるになった。
 「それはこちらのセリフですよ…柾先輩」
 なんだってこんなにも神出鬼没なんでしょうか、この御方は。
 ぼうっとしながらも、辺りの様子には十分気をつけていたつもりだった。
 なのに足音ひとつ、近づいてくる気配ひとつ感じなかった。
 誰よりも目立つ容貌、華やかなオーラの持ち主さまであられるのに、どうして。

 驚いたイケメンさんならではのきょとん顔の後、先輩はすぐに眉を顰めた。
 「今日の主役がぼっちで何してんの。つーか、日も傾いてんのにこんな人気のない所で1人になんなよ。お前はどんだけ言っても危機感ないっつーか…せめて武士道と一緒に居ろよ」
 ですから、ため息を吐きたいのはこっちですってば。
 ちょっとムっとなってしまった。
 
 「お気遣いは大変有り難いですけれども、俺だって気分転換というか何と言うか、いろいろあるんでございますよ。そろそろ戻ろうと想ってましたし?武士道とは今はまだ敵同士ですし?先輩こそ、」
 「気持ちはわかるけど。超スキだらけだし」
 「ちゃ、ちゃんと気をつけてましたー!先輩が忍びの者のように歩み寄って来られなければ、」
 「気配消すなんて簡単な事だ。多少心得あれば誰だってできる。現にお前はぼーっとしてただろ。お前が気をつけてるつもりでも、傍から見たらスキだらけなんだよ」

 だんっと、校舎の壁に手をつかれた。
 身体全体に、柾先輩の影が覆い被さるようにかかって。
 片手でしか囲われていない、逃げ出せる隙はまだあるのに。
 俺は、金縛りにかかったみたいに身を竦ませ、息を殺しているしかなかった。
 真剣な厳しい眼差しを、バカみたいにただ見上げていた。
 こんな柾先輩、見たことがない。
 知らない。

 先輩はいつも、人を見ればバカ笑いして、公衆の面前では俺様生徒会長さまの仮面を被っていらっしゃって。
 さっきの、ご一緒した競技の時は、お芝居なのにすごく優しい眼差しで、相手役が俺であることがほんとうに居たたまれなくて辛いぐらいだったのに。
 抗えない拘束力に、呆然としているしかなかった。
 俺は柾先輩のこと、ほんとうに何も知らないんだと想った。

 「って、こう来られたらそうやって固まってるしかないだろ。陽大の知らない恐怖なんて、この学園にまだまだ存在してるんだぜ。誰もお前をそんな目に遭わせたくねえ。だから日頃から皆で口うるさく言ってんのに、お前は飄々と受け流してやがる。言っとくけど、自分には関係ねえって通用しねえから。何かあってからじゃ遅ぇんだよ」
 そう言って手を離され、身体の距離が空いた。
 すごくほっとした。
 
 「お、俺は…だいじょうぶです」
 「まだ言うか。大丈夫じゃねえから言ってんだっつの。お前な…さっきのコスプレでどんだけ注目浴びてたか…週明け号外、トップ記事じゃないにしても陽大のコスプレ写真、ぜってー載るぞ」
 「そんなの、俺など絶対載りません!大丈夫です。素顔はこれですよ?俺なんかどなたさまも興味ありませんって」
 「どっからそんな自信出てんだ。俺らも可能な限り守るけど、陽大本人がちゃんと自衛しねえと手ぇ回らねえんだよ」

 「俺ら」って、どなたさま方なんだろう。
 たくさんの方々の、心配そうなお顔が脳裏をよぎって、ぎゅっと拳を握った。
 きっと武士道や、凌先輩たち裏の3大勢力の皆さまだ。
 だからこそ、俺は。
 「…そんなに長く、いないかも、ですし…皆さまに今以上のご迷惑おかけしたくないので…正確に言うと、いれないかも、ですかねー…ただでさえお忙しい皆さまの手を煩わせ、余計な心労を増やすなど、心苦しいですし…」

 ぼそぼそと締まらない言葉で胸の内を伝えたら、柾先輩が心の底から驚いたってお顔になり、こちらこそ再度驚いた。
 「何だそれ…辞めんの?退学って事かよ」
 「まぁ、その…体育祭も終わりましたし、想い出はたくさんと言いますか…期末試験に自信がないと言いますか…」
 「試験ってな…本決まりじゃないんだ?十八さんにも何も言ってねえよな」
 「え、ええ…まだ何も…俺がそう想ってるだけで…」
 「だろうな。だったら十八さん落ち着いてねえし、何か言って来るだろーし」

 ほんとうに十八さんと柾先輩って、どれだけ仲よしさんなんでしょうか。
 俺はその発言に驚きいっぱいですよ。
 「んだよ、あー…」
 あーとかんーとか何とか呻くように言いながら、目を覆うように額を抱えてしまわれた先輩に、俺こそどうしたものやらわかりかねます。
 はっ、旭先輩ですね?
 こんな時こそ、先輩の大心友であらせられる旭先輩をお呼びすればすべて解決!


 「辞めんなよ」


 ぽんと手を打っていた、その姿勢で金縛り再び。
 おおきな手で隠されていた瞳は、どこか切ない、夕暮れの色を映して輝いていた。

 「辞めるとか、んな事言うなよ。陽大が居なくなったら寂しいじゃん。試験が気がかりならまた皆で勉強すりゃ良いだろ。誰だって喜んで協力するし。旭だって陽大の事、気に入ってるからバスケ部もお前の味方になる。いや、違うか…俺がお前を守るから、陽大が楽しく学校生活送れる様にするから、辞めんな」

 どうしてそんな、寂しそうなお顔をなさるんだ。
 ここには俺しかいないのに。



 2014.1.19(sun)23:16筆


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