187.親衛隊員日記/心春日和vol.9


 「「「「「お母さん、おかえりー!」」」」」
 バスケ部の皆様の声で顔を上げたら、1人ポツンと、前陽大が戻って来た所だった。
 隣に柾様のお姿はない。
 生徒会の皆様は閉会式の準備があるから、無門様も先程行ってしまわれた。
 「…ただいまです」
 メイクを落とし、コスプレからジャージ姿に戻った前陽大は、いつもののほほん顔じゃなくて、何故か気まずそうな笑顔を浮かべていた。

 流行りの困り顔通り越して、すごく居心地悪そうなガチの恐縮顔。
 「お母さん、お疲れ!すごかったねー練習の甲斐あって文句無しトップじゃーん。俺感動しちったよー!着物もすっげー似合ってて可愛かったしー」
 「「「「「ホントホント!」」」」」
 「いえ…とんでもないことでございます。お見苦しい場面ばかりで…すみません」
 旭様や皆様が誉めて下さっているのに、引き攣った笑顔は冴えない。

 「謙遜しないしない!昴の相手だけでも大変だったっしょー?アイツ、演技系すぐスイッチ入るからさーお母さんの諸々の大健闘に拍手ー!!」
 「「「「「お母さん、お疲れ様ー!」」」」」
 チーム全体から温かい拍手が送られた、隣のBチームまで釣られて拍手している。
 それなのに、前陽大の笑顔は晴れなかった。
 「すみません、なんだか…申し訳ないです。ありがとうございます」

 晴れない顔色のまま、深々と一礼する前陽大に気づいているのかいないのか、旭様は柾様のご親友だけあって、底知れない御方だからわからないけど、気さくに背中を叩いて労っていらっしゃる。
 「はると!オレっオレもっ、なんかすっげー感動したっ!よくわかんなかったけどっ、すっげー良かったぜ!!最初はるとだと想わなかったー!!マゴにも衣装っつーんだっけ?!すっげーキレイでびっくりしたっ!!」

 ずっと興奮したままの九穂にも、弱々しい笑みを返して「すみません」と一言だけ呟く様に言った。
 コイツは筋金入りのバカだから気づかない、そのまま自分の言いたい事だけ主張する機関銃トークへ突入。
 旭様が笑顔で引き離しても止まらない九を、美山様がなだめる様にジュースを与えておられる。
 美山様はすっかり飼育員に成り下がったな。

 僕は、一連の流れを一歩引いて見ていた。
 どうしてそんなに謝ってばかりなの。
 困った笑顔は、混合リレーでできた傷痕に触りそうで痛々しい。
 旭様と並んでいるからか、たぶん気の所為だけど、体育祭開始当初よりちいさくなった様に見える背中を見つめた。
 どうしてそんなに萎縮しているの。

 いや、僕は答えを知っている。
 柾様と競技中、前陽大は少しも楽しそうじゃなかった。
 傍目でわかる程、一生懸命だったけれど、リレーや他の競技に比べてまったく楽しんでいないのは明らかだった。
 障害物2人3脚のスタートからずっと、困惑している。
 それは、僕ら柾様親衛隊や、学園全体の好奇心の目の所為だろう。
 
 入学当初から「柾様に近づくな」と言ってしまった。
 外部生の分際で好きになっちゃ駄目だとまで、僕は宣告した。
 重なったスクープで、その内の1つは僕が出して、露骨に距離を置いた。
 だからだろう。
 これ以上問題を起こさない為に、必要以上に仲良くしない様に、全体の監視の目を気にしながら、それでも競技ではそれなりの成績を残すプレッシャーもあって。

 柾様はいつだってご自分を貫かれるから、そのお相手を務める事がどんなに名誉であっても、前陽大にとっては苦痛でしかなかっただろう。
 前陽大は、大きなイベント時の不文律を知らないのだろうか。
 あらゆる行事において、3大勢力に属する方々がどう出ようとも、いちいち騒ぐのは禁じられている事を。
 特に僕ら、柾先輩の隊は厳しく律されている。

 柾様がイベントを堪能される為に、とりわけ演技関連のイベント時は何があっても黙認する。
 今回のスクープは例外で、練習期間だった事と、僕の気が済まないから発信となっただけ。
 それを誰か、前陽大に伝えただろうか。
 武士道の皆様や風紀の渡久山様と仲が良いから、知らない筈はない。
 そう想い込む事で、僕は逃げようとしている。

 久しぶりに味わったお弁当、本当に美味しかった。
 少量で物足りなかったけど、3学年合同のチーム全員分の用意、どれだけ大変だっただろう。
 昨日の夜までずっと、練習と最終確認漬けだったのに、いつ休んだの。
 顔から転んでたのも、疲れが溜まってたから避け切れなかったんじゃないの?
 前陽大が意外と俊敏なのを僕は知ってる。

 それに、柾様の相手役を務めるヤツは、大抵調子に乗って恋人気取りになる。
 いい気になったバカなヤツを、後でシメるのが僕らの定番行事だった。
 それぐらい柾様の演技は素晴らしいから、勘違いするのも無理はないんだけど。
 前陽大は日頃から親しくしていただいているクセに、あんな良い芝居を宛てがわれながら、今の今までずっと肩身狭そうにションボリしている。
 だからか、あの化粧オバケから「前に接触しなくて良い」って命令がきた。

 僕は、どうしたら良いの。

 見つめ続けていた背中が、ふと振り返った。
 やべー、見過ぎた?
 視線が合う。
 あの姫姿が嘘の様に凡庸な顔、無様についた傷痕が、どうしても目につく。
 困り顔が更に泣きそうに歪んで、何故か会釈された。
 微かに開いた唇が、「すみません」の言葉を刻んだのがわかった。
 
 こんな寂しい笑顔、今まで見た事がない。
 そのまま遠慮がちに正面へ向き直る背中から、目を背けた。
 僕は、どうしたいの。
 


 2014.1.13(mon)22:57筆


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