184.…あるのかな?
その後も、何度もへこたれそうになりましたとも。
あちこちに張り巡らされた、恐るべし小芝居トラップに!
競技そのものはとても楽しかった。
平均台渡りから始まり、網くぐりやスプーンリレー50メートル、はしごを上って越えたり、大玉転がしたりパン食いしたり、小学校の運動会の醍醐味?オンパレードのような内容を、2人3脚で協力しながら突破していくのは、やり甲斐があって楽しめた。
だがしかしですよ。
障害物を突破する前後、いずれかに必ず繰られるカンペ、その度に柾先輩と俺に宛てがわれた「武士と姫の身分違いの恋愛」を表現し、親密度を深めて行かねばならないのはこれ如何に。
他チームの皆さんも、競技というより、この小芝居に大変ご苦労なさっておられた。
セリフの言い間違いの多さや表現不足で、再度やり直しされるのを数え切れないぐらい視界の隅で見た。
会場内が盛り上がっておられるのが、唯一の救い、ですねぇ。
始まった当初は主に俺への大ブーイングが多数聞こえたけれど、こちらの何故かデビューなさっておられない素人プロ俳優もどきさまのお陰で、皆さん好意的に行方を見守ってくださっておられるというか、それどころじゃなくご自身のチームの応援合戦に夢中というか。
Aチームから聞こえる声援が、何よりも俺を後押ししてくれた。
追いすがるFチームを背中に、いよいよラスト!
200メートルを2人3脚でクリアすれば、ゴールだ!!
しかしながら、このオレンジデニッシュおいしいですねぇ。
先程のパン食いで、数あるパンの中から見事にゲットされ、半分こしてくださった柾先輩(カンペの指示なんですけれども)には、頭が上がりませんとも。
もぐもぐしながら、ゴールまでストレートに伸びるトラックの前に並んだ。
「はる、食った?」
「もぎゅもぎゅ…ふぁい!OKです!」
食べきるまでスタートは許されない。
きれいに完食したところで、カンペ役兼見張り係さんも納得してくださり、新たにスケッチブックを繰られた。
もうどんなカンペがきても俺は今更気にしませ…?!!!
「姫」
やっぱり無理です。
「漸くここまでたどり着けた…」
無理ですってば。
「俺達の輝ける明日はすぐ其処です。その前に、今1度誓わせて下さい」
いやいや、ほんとうにもう、キャパオーバーですから!
辞退させていただきたいのですが、よろしいでしょうかカンペ係さま!
青くなっているだろう、自分の混乱ぶりを、冷静に受け止めている俺がいた。
だって無理だもの。
どうして柾先輩は、例えただの体育祭の中、余興に過ぎないお芝居だけれど、スラスラとよどみなくこんなセリフを言えるのだろう。
俺がお芝居に向いてないだけにしても、どうして。
「陽大」
普通に小声で名前を呼ばれて、逸らしがちだった目を合わさざるを得なくて。
どうしてこの人の手は、こんなに大きくて温かいのだろう。
お芝居に過ぎないのに、優しく包み込んでくれる、こんな造りものみたいに綺麗で格好いい人に、血の気がある証拠のように温かいのが怖い。
まっすぐで強い、光を宿して生き生きと煌めく瞳は、初めて見た時から変わらない。
その深い瞳が、俺だけを映しているのがわかる程、いつの間にか接近していて。
「はる姫、貴方を愛している」
「……昴様…」
「俺の愛は永遠にはる姫だけのもの」
「昴様、わたくしも…貴方だけを、あ、愛しています」
「姫…」
「「「「「キャアアアアア!柾様ぁぁぁぁぁ!」」」」」
「「「「「はる姫ぇぇぇぇぇ!」」」」」
「愛を誓い合った2人、どちらからともなくキス、10秒間静止!ホントにしちゃってもいいよーん。お任せしまーす!ザ・ハッピーエンド、おめでとう!お疲れ!後はゴールまでぶっ飛ばしちゃってー」っていうふざけたカンペに、柾先輩も俺もこめかみピキピキ、引き攣っていた。
実に情けない話、泣きそうだった。
すべてうっちゃらかして、お着物脱ぎ捨てて、泣きながら寮へ帰って閉じこもりたかった。
どうして俺がこんな役をしなければならないのだろう。
どうして俺なんだ。
柾先輩をお慕いする方々が、たくさんいらっしゃるのに。
こんな内容のお芝居だとわかってたら、例えフリでも質の悪い冗談でも、キスの真似とかしなきゃならないなら、絶対に辞退させていただいたのに。
ここまでじゃない筈ってお聞きしたから、勝手に安心していた。
確認不足の俺が悪い。
そうだ全部、俺が悪い。
10秒がとんでもなく永い時間に感じた。
目を閉じている間ずっと、世界は真っ暗闇だった。
なんにも楽しくない、帰りたいってそればっかりでいっぱいで。
「はる、行くぞ」
軽い声に目を開き、ケロっとお芝居モードから普通のお顔に戻った先輩が、足を結びつけたタスキを素早く確認してから、それは悪どく笑った。
「この借りはデカいぜ、旭…とにかくゴールだ、陽大」
「へっ?!」
「話は後だ、Fが来てる!今は行くぞ」
「は、はい???」
「せーの!」
「せ、せーの!」
何故に旭先輩のお名前がと、疑問を差し挟む余裕はなく、最後の2人3脚がスタートした。
先輩の言う通り、追いついて来られたFチームがすぐ後ろ、こりゃ接戦だ。
考えるのは後にして、とにかく集中しよう!
後でいくらでも落ちこんで反省大会できますからね!
「「1、2、マロン!1、2、マロン!」」
最高の掛け声で猛スピード、けれど体力温存なさっておられたのか、Fチームさんの猛攻が素晴らしい。
でも負けません、よっ?!
「「邪魔なんだよ、前陽大っ」」
のわー、ぶつかってくるとは卑怯な、りっ?!
「邪魔なのはてめえらだ。人の大事な姫君にナニしてくれんだ…あぁ?」
背中からFチームペアさんに体当たりされ、危うくバランスを崩しかけた俺、気づけば高い位置から唖然とするFチームさんを見下ろしておりました。
「ぬあっ?!ま、まさ、」
「姫のおみ足を穢すまでもない…俺が貴方の足となり駆けましょう」
どわー!!
気づけば先輩に横抱きされたまま、それは美しいまっ白なゴールテープを切っておりました。
2014.1.10(sat)23:01筆[ 522/761 ][*prev] [next#]
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