183.恋の花咲く事がある
がばぁ!ぎゅうっと抱き締められたのは、ほんの一瞬のこと。
一瞬ながら窒息しそうになりました。
お着物、辛すぎるよ〜。
早くもくじけそうな俺の両肩をばっと掴んで、身体を離しながら、柾先輩はプロ根性でお芝居を進められた。
「此所で戯れる暇は無き様子…追っ手が近い。先を急ぎましょう。はる姫、私と来て頂けますね」
どうでもいいけれど、ほんとうにどうでもいいけれど、どうして先輩は今、俳優さんの道を歩まれておられないのでしょうか。
この凛としたラストサムライ装束、無論とんでもなくお似合いだけれど、光を宿す強い瞳、真摯な表情、よく通る低い声、一言一句カンペと間違いないセリフ回し、そんじゃそこらの俳優さんより遥かにすごいのではないでしょうか。
先輩によって作り出されたお芝居の世界に、つい先ほどまでの悲鳴一転、辺りは悩ましいため息で満ちている。
いつもの生徒会長さまモードといい、普段は笑いの沸点低くてすぐバカ笑いしたり、マロンさまに夢中だったり、割と気さくなお顔もお持ちなのに、スイッチ入るとこの有様だもの。
俳優さんこそ天職でしょうに、何故デビューなさっておられないのだろう。
何か他に夢や展望がおありなのだろうか。
うん、先輩なら何だってできるし、どこにでも行ける、とてもしっかり達観なさっておられるから、未来計画も万全なんだろうな。
「はる!セリフ!」
また小声で囁かれて、武士モードの柾先輩を見上げた。
なんだか俺は、旭先輩とじゃれておられた、年相応な先輩が懐かしい。
こんなラストサムライ、嫌だな。
くうっ、この身長差もこと細かな指示を出してこられるカンペも、とっても忌々しいですねぇ。
でも今はちゃんと、頑張らなくちゃ。
「「「「「お母さーーーん!だいじょーぶ!!マイペースでねーー!!」」」」」
様々なお声で騒ぎが大きくなるばかりの中、とりわけ大きな声が聞こえた。
Aチームの皆さんだ。
旭先輩を中心とした、皆さんの声援に強張った肩の力が抜けた。
この状態は、ほんの僅かなことだ。
競技が終われば全部、俺には何の関係もないことだ。
「俺は、優勝してA組に錦を飾るんですっ」
「あ?」
「昴様っ、喜んで!私を貴方の世界へ連れ去って下さいましっ」
ええと?!
はいはい、寄り添えばいいんですねっ?!
俺は最早遠慮は無用と、お相手さまがトップアイドルさまだとか、合原さんや富田先輩を始めとする、たくさんの親衛隊の方々のお顔が目に浮かぶのも無視し、想い切って先輩の懐へ飛び込み、胸元へしなだれかかった。
ん?!
「先輩、早く!!」
お珍しいことに間を空けた後、先輩はがしっと俺の手を掴み、くぬぅ、しかしこのカンペはほんとうにどうにかならないものか、お互いにゆっくり5秒間見つめ合って。
「では…はる姫、この先何が起ころうとも私から逸れぬ様に…揺らがぬ愛の為にも、この証を結ぶ事をお許し願います」
「昴様…!」
のわー、それにしても流石!
柾先輩の鮮やかな手付きに因り、A組カラーのタスキをお互いの足にゆとりを持って結びつけ、態勢を整えること、ほんの10秒強の出来事だ。
練習の段階から光速でしたものねぇ、本番でもお見事!
「いざ共に行かん…この愛を永遠とする為に!」
「貴方とならばどこまでも…ついて行きます!」
お相手さまの捜索や、お芝居やタスキを結ぶのに手間取る他チームさまを後に、Aチーム、障害物2人3脚スタート!!
「「せーの!」」
ちいさく掛け声を合わせて、びゅびゅーんと風を切った。
順調、順調!
第1の障害物は、2列並んだ平均台ですね!
なかなかの高さ、なかなかの距離じゃあないですか。
「行けるな、はる?!」
「当たり前でございます!」
ふっふっふ、あらゆるアスレチック、想定済みでございますよ。
Aチームに敵なし!
カンペ係さんがあわあわと遅れを取られる程、我々に死角なし!
「え、ええーと…?!Aチームの柾&前ペア、は、速いっ!断トツ1位だ―――!一方他チーム、まだスタートラインで遅れを取っていますね!おっと、Fチームも漸くスタートしました!」
十左近先輩の、何故か激しく動揺しておられる放送を耳にしつつ、平均台突破!
次は…っと、平均台を降りる前に追いついて来られたカンペ係さん、おもむろにカンペを繰られ、俺は目眩がした。
「姫っ…危険な目に遭わせてしまいましたね」
「昴様…昴様がいてくださるから、何も不安はありませんわ」
何故、降りるのにいちいち抱きかかえられねばならないのでしょうか。
もしや、障害物を乗り越える度、こんな目に遭わねばならないのだろうか。
「前、柾の首に抱きつく」という指示に渋々応えながら、想わず帰りたいと呟いてしまったら、「もう少しの辛抱だ」と先輩から苦笑が返ってきた。
2014.1.8(wed)23:07筆[ 521/761 ][*prev] [next#]
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