182.一目逢ったその日から
お。
おおお。
重たい。
重たいです、たろーちゃんさん。
先程まで同じジャージ姿だった方々が(ジャージでもお洒落さんだったけれど)、それは可憐で美しい姫君方に変身され、しゃなりしゃなりと歩く間で、そうは見えないようにとお澄まし顔を作りながら、俺は1人苦しんでおりますよ。
ロングヘアーを編みこんで結い上げ、簪を差した優雅な髪型も重い。
本格的なお着物の重ね着、帯、装飾品、下駄、もろもろ重い。
だけど何より、バッチバチのつけ睫毛カールが1番重いです。
瞬きする度にとんでもない重量感、辛くて目が閉じられない。
目の中に刺さりそうで怖いし、女子の皆さまはこんなご苦労を毎日なさっておられるんですねぇ。
メイク自体に重みがあるというか、たろーちゃんさんは「薄化粧で十分ダカラ、ほんのーりメイクね!終わった後、洗顔もスピーディー!」と言っておられたけれど、どうなんでしょうか。
肌にいつもはないものがたくさん塗られている、それだけで息苦しい。
何が何でも早く終わらせて着替えてさっぱりしたい、イコール優勝あるのみですな。
他の皆さんは平気そうで羨ましいですねぇ。
それにしても、大いに盛り上がっていた雰囲気の会場内、急に静かになっている。
うんうん、姫君の皆さんがあんまりにも可憐で、びっくりなさったんですね。
これまでの競技、すべて洋風のコスプレだったから、最後に和風で新鮮だしねぇ。
やはり皆、大和の国の子!
今や日常は洋風一辺倒でも、いざこうして和の世界に触れると、お!やっぱりいいじゃん、格好いいじゃんって想うんだよね、わかりますとも。
特に先攻選手をご覧くださいませ、何と見事な大和男児だこと!
やはりと言うか、当然と言うか、柾先輩は際立っておられますねぇ。
深い紫紺と藍色が基調のお着物、腰に差した立派な刀(偽物だろうけど、先輩が身に着けていると本物みたいだねぇ)に映えてよくお似合いだ。
ふん、俺だって数年か数十年も経てば、あれぐらい立派なラストサムライになってるんですけれども、ええ、精進致しますとも。
柾先輩を始め、他の大和男児な武士さま皆さん、何故か一様にきょとん、ぽかんとしたお顔でこちら、後攻選手側を見つめておられる。
おやおや皆さん、大丈夫でしょうか。
お相手の姫君がまったくわからない、って状態ですかねぇ。
こちらからのアプローチは一切許されていない、誰かと目を合わせることすら禁じられている。
だから俺たち後攻選手は、あまり動かず、ツンと澄まして待機しているように申し伝えられている。
頼みますよ、柾先輩。
他の姫君がお相手のほうが、先輩のお隣には映えるでしょうけれど、私情御免!
今はAチームの優勝と、この扮装から解放されるのが1番の優先事項ですからね。
ああ、マロ之助マロン之神さま、どうか先輩と俺に最後のご加護を!
叶うようでしたら、ひそかにネット検索してベストレシピを模索した、わんちゃんまっしぐらクッキーを誠心誠意焼き上げ、進呈させていただきますので!(ただプレゼントしたいだけなんですけれども)
それにしても、静かだなあ。
流石に落ち着かない心持ちになってきたところで、我に返ったようにブラスバンドの演奏が始まった。
おお、洋楽器が奏でる和風の音楽、なんだか異世界に迷いこんだようで素敵だ。
「――…えー…あまりに美し過ぎる姫君の登場に、想わず会場内呑まれてしまいましたね。さて!気を取り直して参りましょう。これはあくまで体育祭の競技に過ぎません。コスプレなりきり大会ではありませんからね。おっと、主審の業田先生が先攻選手側に立ちました…始まりそうです!!」
十左近先輩の放送も流れ、俺は想わず固唾を呑んだ。
業田先生がピストルを構えておられる。
よくよく見れば、係の先生方や実行委員さん方、裏方の皆さん和装だ。
凝っているなぁ、世界観作ってるなぁ。
ちょいとこりゃ、小芝居もかなり本気仕様なんでしょうか。
あれこれ不安が最高潮になったところで、先攻選手が構えて。
「位置に付いて…用―――意…」
猛々しく響いた破裂音に、想わず肩を揺らしつつ、同時に各自につく小芝居のカンペ係兼ルール違反の有無を査定する係の方の動向にドギマギしつつ、向かって来る先攻選手の皆さんにハラハラしつつ。
って、あららっ!?
「姫…!今宵またお目に掛かれようとは…身に余る幸福に私の心は打ち震えんばかりです…」
あわわ!!
誰よりも速く、まっすぐに迷いなく。
柾先輩は一目散に俺の正面へやって来られ、カンペが書かれたスケッチブックが開かれたと同時にその場へ膝まづき、それは恭しく俺の手を取られたのでありました。
何故わかったんだろう?
俺があまりに目立ってちんちくりんだったから?
折角たろーちゃんさんが頑張ってくださったのに?
はっ、すべてはマロンさまのお導きのお陰なのか!
混乱する俺に、先輩が目を細めながら立ち上がった。
「はる、はる。セリフ!」
小声で促され、「はる」とか略さないで欲しいと想いつつ、あわあわオタオタとカンペを見ると、「前、頬を赤らめうるんだ瞳で柾を見上げる。セリフ、『お会いできて嬉しいっ…昴様っ』。抑え切れない再会の喜びのまま、柾に抱きつく」ぅっ?!
だ?!
抱き?!
しかもここまで指定の入った小芝居って、障害物2人3脚に必要ですか?!
「早く!開き直れ!優勝の為だろ!」
いつの間にか超接近した、凛々しいラストサムライのお顔に、勝手に赤くなっていくのが自分でもわかった。
でも、囁かれた優勝の2文字で、いくぶん冷静さを取り戻した俺は、こうなりゃヤケだ!と腹を括った。
とにかくこんな茶番、早く終わらせるに限る!!
「お、お、お会いできてっ嬉しいっ!ま、柾先…じゃない、こ、昴様っ」
「姫…!!」
わーーー!!
く、苦しいっ!!
素早く繰られた次のカンペに、「感極まった柾、愛おしげに前を強く抱き締める。セリフ『姫…!!』」と書かれてあるのが、先輩の肩越しにうっすらと見えた。
途端に会場内に、もんのすごい悲鳴と歓声といろんな声が轟渡ったのでありました。
2014.1.7(tue)22:29筆[ 520/761 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]
- 戻る -
- 表紙へ戻る -