174.茶番
「ふん…とんだ茶番だな」
下らんと吐き捨てる姿に、黙って苦笑を浮かべた。
傍から見ればどう映る事か。
厳しくも好人物として称される、寮管理人の1人が用務姿で渋面を作る、その隣に立つ理事長の自分。
幸いと言うべきか顔が似ていない、書類上の血縁者同士だ。
茶番、か。
下らないか。
確かにそうだ。
目に見えてすぐ利益を出さない、その癖、厄介事が満載のイベントの1つ、体育祭など大人にとっては下らない事甚だしい。
毎年問題が起こらない事がない。
ただでさえ、日常的に厄介事に見舞われているこの学園だ。
やれ新歓だのやれ体育祭だの、生徒主催のイベント時は、大人達の心身が休まる時はない。
始まるまで地獄、終わっても地獄。
些細な小競り合いから大きなトラブルまで、自分が理事を引き継いで在任中、僅かな間にどれだけの災難に遭った事だろう。
いっそ廃止してしまえば良い、曲がりなりにも進学校の名を高める為に、もっと勉学に集中させるべきだとの声は、教師陣からも保護者からも少なくない。
トラブルの加害者被害者、周りの傍観者、共に主人公だ。
誰も主役を降りる気はない。
大きなイベントとなると、それは外へ大きく芽吹く。
毎年胃も頭も痛い、だが…
「下らない茶番を懸命に支えている子達が居る…茶番こそ想い出に成り得る。それに恥を掻いてこその人間、男でしょう。私はこの茶番が好きです」
だから、取り止める気は毛頭ない。
自分の任期中は、何があっても生徒主催のイベントを無くさない。
例え目の前で、愛しい人の大事な子供が下らない茶番の所為で転んでも、命や人生に別状がない限り、あくまで静観する。
何事も得難い経験になる。
自分の家族だけではない、何事からも皆1人1人、学ぶ事がある。
学ぶ学ばないは個人の裁量だ、個々に託すしかないが。
けれど、何か少しでも感じて欲しい。
よくよく考えてみたら、つまらないちいさな事、だけどそれを大きく育て上げるのは自分次第で。
日々はちいさな物事の積み重ねで、それを下らないと捨てていたら、何も花開く事はない。
彼らが目指す世界は比べ物にならない程、冷たく凍える大海で、だからこそ学園で起こる様々な事を自らのものとして考え、自らの手で掴み取って欲しい。
陽大にはそれが出来る。
あの子は弱い所もあるけれど、強い。
何があっても時間が必要だったとしても、必ず立ち直る。
『あの子を信じてあげてね、嘉之さん』
信頼こそ大きな力になるのだと、自分もそう想うから、信じ抜く。
裏で立ち回ってくれている子達からも教わった、大人である自分が揺らいでどうするのか。
見上げた空は、晴れ晴れと青かった。
くっきりと白い雲が、ゆったりと浮かび流れゆく。
「ふん…下らん」
「1管理人に過ぎない貴方にその様な事を言われる筋合いはございませんが、1つの貴重な意見として一応参考にさせて頂きます。…ジャージ姿、意外にお似合いですね」
「嘉之…お前と言う奴は…」
「おっと!午前の部終了ですので、理事長挨拶しなければ…では失礼致します。お時間ございましたら、最後までごゆっくり見物なさって下さい」
汗まみれの顔、傷だらけの顔、悔しさを滲ませた顔、勝利を確信した顔…いろんな表情の君達が、気持ち良く笑顔を浮かべているから。
大人はもっと笑顔で大らかに、君達を支え、守らなければならないね。
自分の笑顔は残念ながら、最終種目の障害物2人3脚までが限界、以後は作り笑いになってしまだろうが。
2013.12.29(sun)11:20筆[ 512/761 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]
- 戻る -
- 表紙へ戻る -