173.しずかちゃんの保健室だより(2)


 酷い有様だ。
 昔取った杵柄と言おうか、怪我や血はとうに見慣れている。
 日常的に運動部の手当ても頻繁に行っている。
 それらに比べたら、序の口だろう。
 それでも酷いと感じた。
 何故だろうか、格別に美形な訳じゃない、ごく目立たない平凡な容姿が逆に傷を目立たせるのか。

 それとも、見るからに痛々しい怪我を負った当人が、誰より屈託なく笑っているからなのか。
 
 「…染みるぞ」
 「はい」
 けろっと頷いて、さっと目を閉じている。
 先ず清浄綿で顔を拭いながら、いつになく慎重な手付きになっている自分が居た。
 剛志や伸太に釘を刺されていた以上に、何故か。
 『見たでしょ、静香!はると君にいつもと同じ手当てしたら、てめぇ…許さねぇからな…?』
 『前がヤラれた。直にそっち行くだろうが…頼むぜ。丁重に扱ってやってくれ』

 一生徒が体育祭競技中、転んだ。
 それだけで教師がオタオタするのはどうかと想うが、実際に相対すると自動的に慎重になった。
 競技中のアクシデントなどまったく珍しくない。
 学年混同リレーの前、騎馬戦などは山の様に怪我人が運び込まれて、つい先程やっと片付いた所だ。
 
 生徒同士の小競り合いも妨害も、こんなイベントに限らず日常茶飯事だ。
 不自然な転び方であろうが、何ひとつとして珍しい事などない。
 特別扱いする必要などない。
 だが、あの冷徹な剛志や伸太を動かす程、この俺の手付きが穏やかになる程、この前陽大には何か放っておけない雰囲気が備わっている。
 傷薬をつけながら、凡庸な造作を間近に眺めた。

 時折、眉を顰めるだけで、手当を受ける人間の鑑と言おうか、大人しくしている様はどう形容したものか。
 素直じゃないわ打たれ弱いわのお坊ちゃまが勢揃いしているこの学園で、この子供はひとり浮き上がって居る。
 そうだ、一言で現すなら、前陽大は健気だ。
 何事においてもひたむきで、健気なのだ。

 「シズちゃん、どぉー?お母さん、障害物2人3脚に昴と出るんだよねーコスプレできっかなぁ?多分メイクさせられると思うんだけどさー」
 バスケ部エースであり、次期主将がほぼ確定している、あの今年度生徒会長のツレ、小憎たらしい旭が、いつも通りのおちゃらけた口調ながら、真剣な眼差しでいるのも道理というものか。
 大体、コイツが進んで付き添って来る事自体、青天の霹靂だ。
 
 「メイクか…コスプレ担当者はプロ勢揃いだからな。うまく怪我を避けてどうにかしてくれるだろうが…幸い傷は浅い。出場が終わったらすぐに顔を洗って、傷テープを貼る様に。直に治る筈だ」
 「何から何までありがとうございます。ただ転んだだけですのに…お忙しい中、お手数お掛け致しました」
 礼儀正しく深々と礼をする姿に、想わず苦笑が浮かんだのも仕方がない。

 「怪我人の手当をするのが保健担当の役目だ。まして俺は養護教員、何の遠慮も要らない。また何かあったらすぐ来なさい。保健の世話にならないのが1番だが…」
 「はい!以後気をつけて競技に挑みます。重ね重ねありがとうございます。宇加津先生のお陰で顔の痛み、ずいぶん楽になりました。引き続き頑張ります!」
 何と朗らかに笑うのか。
 己の過失で怪我した訳じゃない、本人が1番よくわかっている筈なのに、誰の事も責めずに前を向くのか。

 「…ちょっとーシズちゃんさーいつもと違い過ぎね?俺らん時と態度違い過ぎるよねー!シズちゃんもお母さん狙いなのー?悪ぃけどあげないからね。行こーお母さん」
 「旭先輩ったら、何をトンチキなことを仰っておられるのですか。先生に失礼でございますよ。たった今、手当てを受けたばかりの俺が言うことではありませんが、バスケ部さんが1番お世話になっているって聞いておりますのに、めっ!でございます」
 「「…トンチキ…」」 
 バスケ部ナンバー1のジョーカーに対し、ちっちと人指し指を振った後、前陽大はもう1度丁寧に礼を述べ、旭を促して去って行った。

 「お母さん、マジ偉いよねー泣かなかったね?」
 「俺はこれしきで泣いたりなどしません!怪我は男の勲章でございます」
 「ふはっ、マジ男前ー!かっちょいいなー」
 「…旭先輩、某先輩のように俺で面白がっておられますよね…」
 「あははっ、某先輩って!違うってー某先輩と一緒にしないでー。あ、お母さんがいろいろ頑張ったご褒美に、バスケ部独占自販機で奢ってあげるねー」
 「な…!バスケ部独占自販機ですって?!」

 仲良くじゃれる様に会話しながら去る姿を、すれ違う多くの生徒が好ましく見送り、時には前陽大に労いの声をかけていた。
 旭の親衛隊も強力な筈だが、既に懐柔してあるのか。
 当たり前の様に隣に立てる旭を、少し羨ましく感じた。
 俺達の代に前陽大が居たならば。
 そんな想いがあるからこそ、剛志も伸太も動くのだろう。

 空気が変わった。
 うっすらと、だが確実に、何かが一新されようとしている。
 そびえ立つ要塞の如き校舎を見上げながら、夏の匂いを吸いこんだ。



 2013.12.28(sat)23:08筆


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