171.白薔薇さまのため息(6)


 『お前ら何してんの』

 人目を避けて通話に応じた瞬間、冷酷な一言で斬られた。
 久しく耳にした事がない、主君の激しい怒りに想わず目を見開く。
 すぐに表情を消したが、それにしても何だこれは。
 怒りの激しさに相反して、キレればキレる程、冷静に覚めていく厄介な一族だ。
 この上なく低く静かな声に、本能が危機を察し、身震いが走った。
 
 どんな言い訳も許されない。
 どんな手段を尽くしても、泣こうが笑おうが逆ギレしようが何だろうと、一切の言い逃れは許されない。
 携帯を通じてこんな事態が起ころうとは。
 目の前にいないだけマシなのか。
 いや、顔が見えないだけ恐怖は増す。

 ああ、クソ呑気なガキ共が羨ましい。
 甘えてごろごろにゃんにゃん、あるいはふて腐れてツンデレしてりゃあ見逃して貰えやがって、アイツらマジで消えたら良いのに。
 ガキは良いよな、お気楽で。
 誰がてめぇらの逃げた分、全部引っ被ってると想ってんだ。
 柾昴の恐ろしさ、1度で良いから味わってみやがれ。

 当然しらばっくれるなど言語道断、最初から最後までストレートに話すしかない。
 いきなりそう仕向けられた、俺に端から主導権などないが。
 「…実行者も首謀者も、2Dの、」
 『んな話どうでも良い。誰が何企んでんのか、どう動いてんのか、俺が知らねえとでも想ってんのか』
 「…失礼致しました」

 掴める限りの情報は、常に流してある。
 「俺達」で確実に処理できる案件は、処理後に必ず報告している。
 それ以外に、主君には幾らでも独自の伝手がある。
 そんなわかりきった当然の事、俺とした事がミスった。
 ガタガタだ。
 取り返しつかないぐらい、俺は動揺している。

 『そうじゃねえだろ。お前ら何もわかってねえ。陰でコソコソ、あいつを俺から遠ざけようとするのはわかる。お前らはそう出るしかねえだろう。いずれ言っておく事はあるが、今は関係ない。誰があいつに怪我させろっつった。もう2度とあいつに傷を負わせんな。何回も言わせんな』

 想わずまた、目を見張った。
 数瞬の迷いを経て、無表情を取り戻したが、それにしても。
 何を仰っておられるのか。
 あなたこそわかっているのか。
 どういう覚悟で、それは前陽大に対してもある種、無責任な発言を、何故だ。
 
 「…確かに春先の一件から、お窺いしておりました。先程の件はこちらの過失です。申し訳ありません」
 通話口の向こうは、急に、不気味な静けさに覆われている。
 同じ騒がしい会場内に居る筈なのに、何処で何をしておられるのか。
 誰かは側に居るだろうが、この静けさは何だ。
 焦燥感に駆られながら、言葉を繋ぐ。

 「無礼を承知で1つだけお窺い致します。確認させて下さい」
 変わらない沈黙に、喉が渇いた。
 しかし、通話が続いているという事は、答える答えないにせよ、耳に入れて下さるという事だ。
 今後の「俺達」の行動の為にも、俺が聞いておかねばならない。
 僅かでも彼の人の本心を。

 「随分、彼に肩入れなさるんですね、柾様」

 ふっと、通話口の向こうで初めて、固かった空気が僅かに緩んだ。
 『当たり前だろ。陽大は、』
 そこで唐突に切られた。
 通話の終了を告げる音を耳にしながら、全身から力が抜けていく様に感じた。
 「当たり前だろ」?
 「陽大は」?
 何だと言うのだ。

 この学園にとって貴重な人材である事はわかっている。
 そう言い聞かされた、確かに稀有で真っ当な存在だ、此所で良き方向へ導けば、不可思議なケミストリーも可能だろう。
 だが、俺個人はそう想わない。
 真に彼の事を想いやるならば、さっさと下界へ帰してやるのが人情というもの、わざわざ首根っこ突っ込ませる程、得難い体験など此所にはない。
 
 そうじゃない。
 彼の人の口調は、自身の使命や信念を、大局を語るものではなかった。
 まさか、個人的にキレているのならば、俺とて黙っている訳にはいかない。
 「やはり厄介だな…」
 前陽大、俺の軽やかな卒業を君は何も知らずに阻む気か。
 いいや、君は悪くないな。
 すべての鍵は我が主君に在り、だ。



 2013.12.26(thu)22:46筆


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