169.風紀委員長日誌―強さ考察―
本日、晴れ晴れと青空広がる也。
かつてなく好天気、気候穏やか、まさに体育祭日和也。
今日1日を乗り切れば、後は野となれ山となれ、白雲自去来(はくうんおのずからきょらい)。
最後の体育祭、無事に済む事を願う。
朝稽古はするすると流れ、被った冷水は心地良く肌を覚ました。
最善を尽くしてきた。
皆で知恵を寄せ合い、最後の最後まで尽くした。
これで何の憂いがあろうものか。
ただひたすらに、俺に出来る事を尽くすのみ、いざ行かん。
そして我がチームの勝利を願う。
例えAチームという最大の障壁が立ち塞がろうとも、最後まで諦めぬ。
何が起こるかわからない、確定できないからこその人生なのだから。
こうして迎えた当日、開会式で多少列が乱れた程度で、そんなものは想定範囲内、全て安泰に進行していた。
柾昴であろうが3大勢力であろうが、誰あろうがすべて同じ立ち位置へ降り、同じ目線で一丸となって挑む体育祭。
我々に課された職務から離れる事はないが、チームの一員として果たす役目がある。
個人ではなく団体戦、それ故か新入生歓迎会と異なり、大きく深刻なトラブルは起こり難いのだが、油断は出来ぬ。
無事に応援合戦、第1種目、第2種目とクリアする度、安堵しながら我がチームの行く末を懸念する、何とも心が忙しない行事だ。
この忙しなさを味わうのも、今日で最後だが。
毎回もう御免だと想っていながら、これで最後となると不可思議なものだ。
いや、この想いについては打ち上げで感慨に浸るとしよう。
今はこの一瞬一瞬に集中するのみ。
それにしても莉人の騎馬戦は、毎年の事ながら見事なものだったな。
莉人を支える馬役の人間が、どう見ても本物の馬にしか見えないとは何事か。
あの煌めきはまさにどこぞの王族、人相は時折王子様を脱ぎ捨て、素の悪どさが見えていたが、まあ問題あるまい。
問題はこの第3種目。
我がチーム生え抜きの選手達は、あのとんでもない選手構成のAチームにどこまで奮闘できるものか、いや勝ってみせる。
練習量や熱き想いでは負けておらぬ。
ややっ、エリートビジネスマン集団風味のAチームめ、早くも結束が固い様子。
ああまで仲良くなるとは…流石クンちゃんが居るだけある。
元々昴はバスケ部連中と交流があったな。
チームワークと呼吸は段違いか、歩きながら短く円陣を組んで気勢を吐いた、その様に我がチーム含め他チーム勢がぎょっとしている。
ああ、クンちゃん。
君と敵同士になるとは、何の運命の悪戯か、やはり幼き頃より縁が薄いと言う事か。
ちいさな背で、馬鹿デカい野郎共に囲まれて、誰より朗らかに笑っている。
(余計な事だが、初々しいスーツ姿が七五三の様だ)
暫く元気がなかった様だが、君はイベント当日となると快活になるのだな。
無理に元気を装っているのか、根が明るいのか、恐らくどちらでもあるのだろう。
君が笑っているなら良かった。
及ばずながら密かに応援…む、流石はエース旭、いきなり頂点か!
いつの間に始まっていたものやら、レースは瞬く間に始まり、もう佳境に入っているではないか。
俊足揃いのAチームめ、首位キープで第4走者とは小賢しいが、ああクンちゃん、良かった。
君のそのちいさな肩に、野郎共の重圧がかからずに済んで良かった。
そうだ、そのタイミングでたすきを受け取れば間違いない。
後は昴に任せれば、君は多少手を抜いた所でっ…?!
クンちゃんっ?!!!
何と言う事だ!!
救急車!!
ああ、車は変に時間が掛かる、ヘリだな!!
今すぐに手配をっ…?!
何と言う事だ、直ちに起き上がったかと想ったら、血濡れの顔で全速力とは!!
むせ返る程の外野の野次や嘲笑が、その瞬間、確かに消え失せた。
君は微塵の躊躇いも見せなかった。
動揺すら一切見せず、顔に触れる事も、砂まみれになった身体に触れる事さえしなかった。
ただ真っ直ぐに行く先を見つめ、己を取り残し去って行った集団の背中を追った。
真っ直ぐに、ひたむきに。
転んだとは想えない馬力で疾走し、待ち構える昴にたすきを受け渡した。
辺りの余計な声など、耳に入らなかったのだろう、それ程の集中力で駆け抜けて、もう明るい笑顔を見せている。
1位確定の報に、チームの仲間とハイタッチを交わして、傷だらけの顔で心から楽しそうに笑っている。
君は、強いんだな。
こんなにも強かったのか。
俺は呆然と、退場して行く前陽大の背中を見送っていた。
2013.12.24(tue)11:49筆[ 507/761 ][*prev] [next#]
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