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不覚!!
なんたる不覚!!
これまた顔から転ぶだなんて、なんと見苦しいことか。
地面に顔をくっつけたまま、数瞬、呆然となってしまった。
それもまた不覚!!
慌ててどうにか立ち上がる。
大丈夫、走れる!!
たすきはしっかりと握りしめていた(だから顔から転ぶ羽目になったんだろう)。
遅れは取ったけれど、まだ同じ第5走者さま方の背中が見えている。
間に合う。
いいや、間に合わせてみせる!!
「陽大!!来いっ!!」
体育祭が終わった、後で聞いたことだけれど。
その時、かなりグラウンド内は荒れたらしい。
俺が転んだ瞬間、ブラスバンドの演奏も静止する程、静まり返って。
俺が起き上がった瞬間、顔は見事にすりむけ血だらけ、上質のスーツだったから破けたりしていなかったものの、何もかも砂まみれで見るも無惨な姿に、大爆笑と野次の渦。
一部の生徒さま方、普段親しくしてくださっている方々などは、それらを鎮めるために怒号を発し、先生方や実行委員さん方があちこち制するのに大変だったって。
どうやら俺は走り出す瞬間、どなたかに足を引っかけられたそうだ、それに皆さま怒ってくださった。
中でもAチームの皆さま、武士道、アイドルさま方は今にもキレて暴動の一歩手前、それを風紀委員さん方が懸命に抑えてくださったのだとか。
競技に参加中の混同リレー仲間、旭先輩たちも審判役の先生方に詰め寄る勢いだったとか。
とにかくあちこち大混乱に陥った中、だいぶ遅れを取って走っている俺を見かねた合原さんがひとり、声援を送り始めてくださったそうだ。
怒っていても仕方がないと判断なさったのだろう。
そう、怒りは何も前向きなものを生まない、負けるしかなくなるもの。
合原さんの声援に気づいた九さんも、大きな声で俺を応援してくださって、それに合わせてAチーム自体が辺りの混乱をかき消す程、大声援を送ってくださった。
俺は残念ながら、遅れを取り戻すことに必死で、始めに自分のゾーンというものに入り込んでいたからだろう、周りの声も音も何も聞こえなかった。
とにかく走らなきゃ、少しでも速くトップに食らいつかなくちゃ!
それだけでいっぱいで、でも確かに、皆さんの声援のお陰でパワーをいただけて、走り抜けられたのだと想う。
見えていたのは、第5走者さま方の背中と、自分の走るべきレーンと。
その先に待っている、柾先輩。
何故かその瞬間、先輩の声だけが聞こえた。
責めも焦りもしていない、それでいて余裕も自信も満ちあふれているわけではなく、ただ淡々と先輩は俺を待っていた。
強い眼差しは、何にも揺らがない強さを有して、光を放っていた。
「陽大!!来いっ!!」
その声はまるで、遭難した暗い海の中、ようやく見えた灯台の光のように、俺を照らしてくれて。
後は先輩がいる!と想ったら気負いがなくなり、より一層スピードを上げて走り抜けられた。
トップにいた筈の仁と並んで、「柾先輩っお願いしますっ!」とたすきを託した。
「任せろ」
王者の笑顔だった。
鮮やかに記憶に残る、弱い者を守り統べる、気高い王者の強さの証。
一陣の風のように颯爽とトラックを駆け抜ける、その時になってようやく周りの音が戻ってきた。
いつものアイドルコンサートより賑やかなグラウンド内に、これが時差ボケの感覚かとぼんやりした。
「はるとっ大丈夫かっ?!」
息を切らしながら、勝敗の結果より俺を労る仁に言われ、顔中が火を噴いているように痛むことに気づいた。
「仁…」
「あー…痛いよな、そりゃ…クソ、あいつらマジ許さねぇ…」
おろおろと触ることもできず、やむなく悪態を吐いている仁に、俺は痛みで引き攣る顔で精一杯笑った。
「Aチームの勝ちー!!やったー!Fチームは2位だよー」
「はぁ?あー…いやそうだけどさ〜」
断トツのトップでゴールインした柾先輩に、一際大きな歓声と悲鳴がわき起こり、ブラスバンドの演奏が華を添えている。
競技の終了を告げるピストル音と、電光掲示板に加算されるチーム得点に、俺はとても晴れがましい気持ちになった。
「お母さん、お疲れー!オラ、離れろ金!1位イエーイ!」
「1位イエーイ!!」
「「「1位イエーイ!!離れろFチーム!」」」
「ちっ、んだよお前ら…妙に仲良いな〜クソが…」
「ごめんね、仁!ありがとうー!また終わってから…ね!」
皆さんとハイタッチしながら、渋い顔の仁になんとかお礼を言ったら。
「ごめんね、仁!勝っちゃった!ありがとーまた終わってからネ!」
早くもオリジナルに着崩したスーツ姿の柾先輩に真似られて、仁と一緒に渋い顔になった。
「「「「昴、お疲れー!1位イエーイ!!」」」」
「1位イエーイ!」
むむむ。
ハイタッチ後、くるっと俺を振り返った先輩に、ぎくりと後ずさった。
俺の所為で少なからずとも遅れを取ったこと、どう謝罪したらいいものか。
「お疲れ陽大!1番の功労者に拍手ー」
「「「「お母さん、お疲れー」」」」
「1位イエーイ!!」
「…イエーイ…と言うか、何で俺相手になると位置が低くなるんですか…」
「あんま手ぇ上げたら顔痛いかな〜っつー俺様の優しさ、素直に受け取っとけよ。早く手当てしねえとな」
なんとも複雑なハイタッチに、先輩は朗らかに笑っていた。
2013.12.23(mon)23:37筆[ 506/761 ][*prev] [next#]
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