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見物サイドの声援が一通り止んだ、絶妙なタイミングで、有志ブラスバンドに因る序奏が始まった。
来るぞ!!
自分の走るトラックに付いて、深呼吸を数回。
各チームの第5走者さま、そうそうたるイケメンぶりの中、Fチームの仁と目が合って軽く頷き合った。
まさか仁と勝負する日が来ようとは、夢にも想いませんでしたよ。
昨日のと言うか、今朝までの友は今やライバル。
ライバルだけれど、顔見知りがいるとちょっと安心、アウェー感が減少してホームに戻った気分!
負けませんよー仁!
例え仲よしでも、朝ごはんも一緒に食べた、お世話になりっ放しの仁であっても勝負は勝負。
無論、他チームの皆さまにも負けません!
必ずや1番でアンカーの柾先輩までたどり着いてみせようぞ!
『所定位置に付いたら、先ず深呼吸。ちょっと落ち着いたら、ゆっくり、周りを順番に見渡してみろ。自分が戦う相手から始まり、第1走者から味方選手がどこにいるか確認して、トラックを見ろ。最後に周りの見物サイド、他チームから見ていって最後に味方チームを見る。始まる前に空を見んのも良い。これで自分のゾーンに入れる』
練習中、アドバイスいただいた言葉通り、周りを見渡していった。
大きい筈の歓声、高揚へ導く派手な音楽が、ずいぶん遠くに聞こえた。
そうしている内に、少しずつ冷静になっていった。
あらあら、九さんも合原さんもあんなにお顔をまっ赤にして叫んで…今からそんなんじゃあ、後々保たなくなりますよ。
大介さんたちバスケ部さんは、流石息の合った声援と手ぶりを繰り広げておられる。
皆さんが応援してくださっている。
俺はあちらに、笑顔で戻りたい。
ああ、それにしても何てきれいな青空だろう!
広大な敷地、山の中だけあって、大きく大きく広がる空は、とんでもなく雄大な存在の中にいることを想い出させてくれた。
最後にもう1度、アンカーの待機するレーンを見た。
柾先輩と目が合ったような気がした、きっと気の所為だろうけれど。
全校生徒が固唾を呑んで見守る中、第1走者が位置に付いた。
係の先生がピストルを構え、号令を出す。
「位置に付いて…用意…」
パアアアンっと静かな空を切った銃声と、鳴り響いたファンファーレ!
同時にわき上がる大歓声、大声援!
俺も負けじと旭先輩の名前を叫んだ。
速い、速い!!
練習の時から拝見していたけれど、やっぱり旭先輩ものすごーく速いっ!
けれど他の走者の皆さまも負けじと、トップに立った旭先輩に食らいついていく。
あっと言う間の200メートル、続いて第2走者、第3走者とどんどん進行して。
Aチーム、トップあわや!!
事前に聞かされていた通り、強者揃いの学年混同リレー、新入生歓迎会でも破竹の勢いを持つ負け知らずの方々が選手に連なるそうな…皆さん、とっても速い!
見る間に第4走者の3年生の先輩が、トップを死守し、猛烈な勢いでトラックを回ってこられた!
そのすぐ後ろに続々と迫る他チームの皆さま、いつ順位が入れ変わってもおかしくない状況だ。
ほんの僅かな差で決まる!
いいえ、ここで抜かされようとも必ずや挽回してみせます!!
俺とて新歓の生き残り!
それに栗の守護神、マロンさまが付いてくださっているのですから!
息を大きく吐いて、後方に近づく先輩をリードしながら待った。
しかし難点はこのご衣装。
アイドルさま方からは柾先輩のみの参加だけれど、規定通り、コスプレが義務付けられている。
当日になってやっとわかった、学年混同リレーのお衣装はなんとびっくり、ビジネスマン仕様スーツ。
ネクタイと背広が堅苦しくて邪魔だけれども、ハンデは皆さん一緒だ。
我々Aチームはあらゆる衣装を想定し、かっちり春制服で練習した時もあった、だからこそトップに立っているのかも知れない。
それにしても、スーツのよく似合うイケメンさま方が、血相を変えて猛ダッシュしている様子はなんだか凄まじい。
仕事に追われているような、すごい切迫感があって、自分の疑似未来を見るようだ。
俺は料理人になるのが夢だけれど、夢がなかったら、こんな感じのサラリーマンになったのかな。
そうこう考えている内、距離を詰めた先輩から、しっかりとたすきを受け取った!
「お母さんっ悪ぃ!頼んだっ!!」
「お任せくださいませっ!」
たすき受け渡し問題なしっ。
やはり練習は大事!
行くぞ―――おおおっ?!
「お先に〜オカアサン?」
くすっと笑いが頭の上から聞こえたと想った、次の瞬間には、俺は地面に激突して転がっていた。
2013.12.22(sat)22:50筆[ 505/761 ][*prev] [next#]
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