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 おおお!
 おおー!!
 流石に武者震いでブルブルしちゃいますなぁ!
 はっきり告白すると、それはきらびやかな応援合戦も、これまで行われた競技も、今ひとつ記憶に残っていない。
 誠に残念ながら、俺は完全に場の勢いに呑まれていた。 

 体育でも練習でも何度も走ったグラウンド、本番を迎え、改めて目の当たりにするとものすごおく大きく広く感じた。
 実際に学校の敷地として、有り得ない規模の十八学園だけれども。
 そして、生徒さんの多さ!
 こうして競技待機組もすごい人数だけど、当然ながら見物組はそれを上回る人数で、グラウンドに一心に注がれる視線の多さ、なにごとか起こる度にわき上がる声にクラクラきた。

 はわわ、あわわ、手の震えが止まりません。
 この緊張感は、いろんな要素の入り交じった緊張感で。
 いけない、いけない、自分のペースを取り戻さないと。
 こういう時は何を考えたらいいんだっけ?
 羊か熊かなにか動物をカウントするんじゃなかったっけ。
 俺はいつも、こういう学校行事の時にどうしていた?

 ああ、去年まではいつも秀平たちが側にいたんだ。
 だからどんな状況でも平気だった、緊張感さえ心地いいと感じていた。
 リラックスして自分の力、引き出せていたんだ。
 また秀平たちの存在感の大きさを痛感し、背筋が寒くなった。
 グランド側やアナウンスは、大いに盛り上がっている。
 大きなどよめきが起こる度、どんどん考えがまとまらなくなっていった。

 駄目だ、俺。
 このまま走ったらとんでもないことになる。
 どうしよう、早く何とかしなくちゃ。
 もうすぐ始まるのに、俺は第5走者だけど、でもすぐ出番なのに。
 開催中の騎馬戦が今にも終わりそうで、鼓動が早まり、息苦しくなった。

 「陽大」

 一際大きな歓声や悲鳴が起こった時、その声は何故かくっきりと、俺にだけ届いた。
 待機組も見物組も競技中の方々も、皆さんの視線はグラウンドに釘づけで。
 柾先輩と俺だけが、視線を合わせていた。
 「困った時はマロン様。だろ?」
 まっすぐな強い視線が、余裕の笑みを讃えて俺を見据える。
 そうだ、俺にはマロンさまがお味方でいらっしゃったと想い出した。

 「大丈夫。練習したから。後は無心で走ろうぜ」
 ぽんっと、加減した力で背中を叩かれた。
 それで気合いが入って、俺はようやく頷けた。
 「はい!」
 折角の返事は、いくつもの歓声にかき消されたけれど。
 先輩が微笑って頷いてくださったから、聞こえなくても届いたと想う。

 『――…これにて第2競技を終了致します。選手は速やかに退場して下さい。第5競技、第6競技に出場する選手は、待機ポイントまで係の指示に従って集合して下さい。
 続きまして第3競技、学年混合リレーを行います。選手入場!』

 盛大な行進曲が、有志のブラスバンド(諸事情で競技に参加できない、楽器を演奏できる方々で構成されているそうだ)によって奏でられた。
 こんなに近くで耳にすると、ふわあってこう、身体の奥から盛り上がってくるというか火が灯るというか。
 うん、大丈夫大丈夫!!
 俺は練習した!!
 マロンさまもいる!!

 「お母さん、頑張ろーねー」
 旭先輩が気さくに肩を叩いてくださって、流石バスケ部エースさま、慣れたご様子だなぁと想った。
 「はい!無心で頑張ります!」
 「おー気合い十分!OKOK。今んとこ、ウチがリードしてるしねー。昴、莉人に騎馬戦取られちゃったねー」
 「まぁな、想定内だ。莉人の勝ちは許すとして、ウチも騎馬2位だし」
 「ここはやっぱり…」

 学年混合リレー出場、6人で揃ってニヤリ。
 俺も精一杯、先輩方に混じってニヤリ。
 「「「「「「ここで大差つけるべし!」」」」」」
 つまり、1位を取るしかない!!
 入場しながら、気合いを入れて「「「「「「行くぜAチーム!!」」」」」」と歩き円陣。
 周りのチームの皆さんがぎょっとなさっておられるけれど、気にしない!

 「「「「お母さん、楽しもうねー!」」」」
 第4走者までの先輩方と、所定の位置へつくまでにハイタッチしてしばしのお別れ。
 う〜頑張るぞぅ!
 次にお会いする時は、1位の旗の下で!
 にこにこ手を振ってくださった旭先輩に、軽く手を振り返してから、両頬を叩いた。
 「陽大」
 「うぇっ」

 ふいに、頬に置いた手を引っぱられたと想ったら、柾先輩に握手されていた。
 ほんの数瞬のことだったけれど。
 「待ってる。とにかく来いよ」
 「は…はいっ」
 いつも俺をおちょくってくる手。
 初めて手と手で触れた、それはとても大きくて温かく。
 先輩のパワーを分けていただけたように、心強い握手だった。



 2013.12.21(sat)22:41筆


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