160.副会長のまっ黒お腹の中身(9)


 「ほい、カンパーイ」
 「…何に対してだ」
 「そりゃ勿論、Aチーム優勝の前祝いじゃん?」
 「はっ、ふざけた事を…!優勝は我がEチームのものだ。Eチームに乾杯!」
 「ちょ!あーあ〜乱暴だなーりっちゃんは」
 「りっちゃん言うな。気色が悪い」

 全くどうにかならんか、この男。
 一流ホテルのスイート並に広い室内に、缶ビールを飲む音だけがこだまする。
 静かだ。
 ガキ共は未だにふて腐れたまま、今頃何処でどうしてるものか。
 俺はもう知らん。
 元々子守りは不得意だ。

 とにかく何とか手段を尽くし、祭りの前夜を迎えられた。
 明日の本番さえこちらの目論み通り、平和に、ギリギリでも平和に終わってくれりゃ御の字だ。
 風呂上がりの寛いだ姿勢で、呑気に喉を鳴らしている男は、何を想うのか。
 ウッドデッキのテラスが見える窓辺、夜空を眺めながら。
 行儀悪く床に胡座をかいたまま、前陽大が仁伝いに差し入れてくれたタコウィンナーをつまみに飲む酒は、心地良く苦かった。

 「そういやお前、障害物2人3脚の案配はどうなんだ。初心者相手に流石の柾昴も苦戦を強いられるのでは?」
 くっと喉奥で不敵に微笑い、こちらを振り向いた顔は、いつもと変わらない昴で。
 「見くびってくれんじゃん。俺らに敵はいないね!」
 「ほう…随分余裕がお有りで?仁達曰く、前陽大はただでさえ元気喪失中、更に緊張でガチガチらしいじゃないか」

 「あっれ〜りっちゃん、俺を誰だと想ってんのー?対策練ってねえわけないだろ。この俺様が、みすみす優勝逃して堪るかっての」
 「全校生徒の希望は、『1度でも柾昴が負けて悔しがる様を見たい!』だが」
 いや、俺自身の希望かも知れない。
 あらゆる事に負け知らずの昴が敗北を喫した時、どんな顔を見せるのか。
 俺の底浅い心理など見通しているのだろうか、昴は朗らかに笑った。


 「俺は負けねえ。まして、始まってもいない勝負に負けたりしねえ」

  
 そうだった、いつも。
 始まる前から、イメージの段階からこいつは桁違いに強い。
 鍛え抜かれたアスリートの様に、だからいつでも落ち着いている。
 例えいつか、万に1つ負ける事があったとしても、淡々とやり過ごすのだろう。
 そう想えた。
 俺とて昴の強さを、勝手に過信してきたのだ、ずっと。

 「悠達はどうする。そもそも役員としての働きも問題だが…明日は影でコソコソやらかす気だろう」
 「心太達に任せりゃ大丈夫。あいつら、親離れっつか俺らから巣立ってこうとしてんだろ。構い過ぎんのも構わなさ過ぎんのも問題だ、今の距離感で丁度良い。んな簡単に離れる仲でも無えし?」
 と、大人びた苦笑いを浮かべた所で、玄関のベルが鳴った。
 ガンガンと扉を叩いたり、蹴ったりしている気配に、2人で目を合わせた。

 「…言ってる傍から来たな…」
 「だろ?そういや今日、廊下ですれ違った時、あいつガン無視してくれたけどさー寂しそーな恨めしそーな目でチラ見して来たんだよなー」
 「お前な…悪趣味な。ガキを弄ぶな。ガキはガキで慎重に扱わねーと、後で痛い目見るのはこっちだぞ」
 「わーかってるって。ちょー莉人出て。どーせ悠だけ勝手に来たんだろ。そーすけ達に電話してみるわ」

 やれやれだ。
 巣立ちは良い事だが、まだ暫く子守りは続くらしい。
 それも悪くないと、微かに安堵する自分がこいつらに浸食され過ぎていて、ぞっとしないでもない。
 こんな役割はもっと適任者、それこそ学園中から「お母さん」と呼び名の高い、前陽大に譲りたい所だが、果たして受けてくれるものか。

 「もっしーそーすけ?俺だけどー」
 のほほんとした声を背中に、玄関へ向かって。
 ふと何気なく振り返った。
 電話を続ける横顔は、いつになく穏やかに落ち着いて見えて。
 例年この時期は誰より神経を尖らし、鋭気を振りまいているこの男が、今年は普通に元気で居るなと想いつつ、扉を開いた。



 2013.12.16(mon)22:40筆


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