159.所古辰の淫らでゴメンネ(4)


 上気した熱い肌が、胸元にしなだれかかる。
 頼られるのは嫌いじゃない、男ならば大抵そうだろう。
 男として生まれた、誇りを実感できるから。
 相手が女じゃない事は残念だが、これだけ可愛い上玉ならば文句などない。
 潤んだ大きな瞳、潤んだ唇、バラ色の頬、艶のある髪、華奢な体躯…この学園で生き抜ける一定の条件を見事に装備している。

 無論、自身の好みに他ならないのだが。 
 「所古様ぁ〜…あっ、もう…ダメ…っ」
 猫の様に、妖艶な眼差し。
 少年という形容に相応しい無邪気を前面に、色事では妖しく変わる。
 好みどストライクだ。
 甘えた吐息が、鼻先にかかる。

 「こんな、所で…んっ…もうっ…ねぇ、所古様?そろそろベッドに行きません…?」
 「へェ…まだ付き合ってくれんのかイ」
 「ふふっ…だってまだ…ね?夜はこれから、でしょう。所古様はもうお終いになさる気でした?」
 愉悦の笑みが自然に零れる。
 「いんやーまっだまだ。所古の本気、見くびって貰っちゃ困るねェ」
 「あぁんっやぁ…っ…ん、ステキっ…所古様ぁっ」
 
 甘い嬌声、甘い水音が、玄関中に響き渡る。
 制服を脱ぐのもまどろっこしくそのまま、荒れた玄関に汗が散る。
 この時だけは、厄介事は彼方へ消え去る。
 すべては熱を放つまで、緩やかに時を止める。
 自分が一つ事に集中できるのは、コレだけかも知れない。
 何をしていても動いていなくても、常に頭の中は同時進行で、様々な事を見渡す。

 だから止められないのか。
 単に好きなだけだとも想えるが。
 「んっ、んあっ…こ、んな所、片前様に見られたらっ…あぁっ」
 「んー?片前は来ないさァ。祭りの前は皆忙しいからねェ」
 「はぁっ…所古様、は…っ?」
 「俺?俺はほら…たった今、忙しいからねェ」
 「ひあっ…あー…っ」

 その時、誰が予想できただろうか。
 噂をすれば、と言うだけで収まるものなのか。
 何の前触れもなく、ガチャリと扉が開き、常にクールな表情の片前が現れるなんて。
 達したばかりでまだ、ひくひくと痙攣している可愛コちゃんと、熱を流しこみ続けている自身の醜態を、無感動にちらっと眺め、誰より気に入っている唇の片端を上げている。

 「所古『先輩』、1日に何度ヌイたら気が済むんです?」
 痛烈な皮肉に、可愛コちゃんの顔が羞恥か怒りか、赤く燃えた。
 「いや〜片前、」
 「いえ、先輩のご事情はお察しします。今は取り急ぎ用件のみ失礼致します。全員怒っていましたよ?以上。あ、これが最終確認の資料です。必ず目を通して下さい」

 素っ気なく、実に素っ気なくキャビネットの上にクリアファイルが置かれた。
 カサっと乾いた音が立った、そのごくちいさな音が大きく聞こえた。
 「あ〜…っと、片前、あの」
 「では失礼致します。明日は負けませんよ、先輩?腰にご注意下さいませ」
 優雅に一礼して、きりっと背筋を伸ばしたまま、さらっと去って行く。

 「ぼ、僕っ…僕も失礼しますっ」
 やや経って、我に返った可愛いコちゃんが、光の早さで体内から自身を放り出したかと想うと、さっさと乱れた衣服を整え、玄関から煙の様に消え失せた。
 「あ〜…参ったねェ、こりゃ…」
 本当に抱きたかったのは、1人だけ。
 日々の忙しさで、中々こちらを省みない片前が恋しくて、遊び回っていただなんて。

 髪をかき上げながら、煙草を手に取る。
 あんなに飢えていたのに、性欲はもう欠片も残っていなかった。
 クリアファイルの上、突き返された寮監専用の予備カードキーが、淡く光っていた。



 2013.12.16(mon)15:56筆


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