158.一舎祐の暗黒ノート(5)
喧噪が遠退いていく。
嵐の過ぎ去った様に素早く、何事もなく引いていく。
やかましい金属音に似た騒々しさから、やっと解放されたと言うのに、まだ耳鳴りがする。
頭の中で鐘を打ち鳴らされている様に、ガンガンと頭が痛んだ。
その痛みのお陰で、青臭い臭気と、下肢の鈍い痛みに気づかなくて済む。
暗闇の中、指1本動かせない。
僅かにも動きたくない。
このまま、永遠に覚めない眠りに就きたいのに、意識は奇妙にはっきりしていた。
何故、生きているのか。
生き続けねばならないのか。
自分より面白い玩具は世の中にも、学園中にも溢れているのに、何故、自分なのか。
呼吸が荒い。
嫌な汗をかいている。
喉から掠れた息の音が聞こえる。
頭が痛い。
全身が脈打つ度、頭に響く。
消えない罵声と愉悦にまみれた声、動く度に騒々しい振る舞い、マナーも何もない汚らわしい食事の音。
穢され続ける音が、いつまでもこの身に染み着いて、消えない。
『お前はそれで良いのか』
「……うるさい…」
『お前の意志はどこにある』
「……うるさいん、ダヨ…」
『このまま言いなりになるのかよ』
「黙れっ偽善者っ…!!!!!」
いつか聞いた声を振り払う様に、頭をかきむしり、酷くなった様々な痛みに、声にならない声を上げた。
夏が近い筈、それなのに酷く冷たく感じる床上に、惨めに振り落とされたまま。
世の中にはどうにもならない事がある。
己の一存ではどうにも出来ない、枷は確実に存在する。
綺麗事は幾らでも自由に言えるだろう。
王者は上から物が言える、生まれつき恵まれた天人なのだから。
下層を歩む人間の言い分など、耳を傾ける暇もない。
1人1人を助ける余裕など、本当はない。
王者は王者の保身と体面を守る為、大局のみ見据えるではないか。
薄暗い世界には束の間の同情を寄せ、気紛れに声を掛け、行く末まで世話はしない。
そうして毎夜、綺麗なベッドで心安らかに眠るではないか。
こうしてボロ雑巾の様に打ち捨てられる者など、頭から消し去って。
花や音楽、それより華やかな人々、色とりどりの光に囲まれて、生じる影には気を払わない。
真っ直ぐに見つめるは、いつも陽の光だけ。
その幸福を幸福とも想わないまま、永劫に温かな光に包まれ続ける。
いいや、そんなの許さない。
明日の祭りの約束は、この身と引き換えに果たされる。
明日が叶わぬなら、少し先の未来に、いつでも勝機は訪れる筈。
待っていれば、光が闇に墜ちて来る、その時は必ず訪れる。
王者にも、その周りに巣食う光の住人達にも、必ず隙は生じるものだ。
気怠い全身をいつまでも床に託したまま、乾いた笑いは止まなかった。
2013.12.15(sun)22.35筆[ 496/761 ][*prev] [next#]
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