157. 化粧オバケの本音 by 心太(4)


 また、だ。
 一平先輩が電話している。
 「はいはい、いい子いい子…あぁ、もう泣くんじゃないよ。可愛い顔が台無しじゃないか、スイートハニー。君に涙は似合わない…ベッドの上以外は、ね…」
 ここ最近ずっと、変な内容の電話を。
 こんな電話をしているイコール、良くない事が起こっている時だと限られている。

 中等部から数年、一平先輩の下に付いて、稀にこんな事があった。
 今みたいに、打ち合わせ中に掛かってきた電話を俺の目の前で取るパターンと、たまたま目撃するパターンがあった。
 いずれにせよ、一平先輩が変な電話をしている時は、良くない兆候。
 俺の知らない所で何かが起こって(或いは起こりかけて)、それを収束させるべく暗躍しているサインだ。

 「言っただろう…?愛は誓えないけど、君の事を嫌いなわけじゃないって。本当も何も俺は嘘を吐かない。知っているだろう。何?信用できない?………だろう?ふっ、やっぱり君は可愛いな…ああ、俺もだよ。明日、祭りが終わったら、ね…?」
 それにしても、変だ。
 新しくお茶を入れに立ちながら、ため息を吐いた。

 一応俺に配慮しているのだろう、聞こえ難い様に窓辺に立った横顔が、イケメンに見えるとか何のマジックだ。

 まぁ、一平先輩の素顔は、化粧前後は抜きにして、実に男前な性格だけれど。
 何でも即断即決、柾の為ならどんな事も厭わない。
 影の影に徹して道を開き、暗躍に更に暗躍を重ねる。
 あの俺様ピエロによくもそこまでの忠義をと、尊敬する程に徹底している。
 正直、顔だのスタイルだの家柄だの成績だのを条件から抜いて、人間性や能力で判断するならば、一平先輩が生徒会長に立つべきではないのかと、俺はずっと想っている。

 この学園では平凡なフツメンと称される位置、背が低い部類の一平先輩だけど。
 今話してる様な低い美声で常に過ごして、てきぱき仕事をこなす有能さを前面に押し出せば、絶対イケると想う。
 俺が言う事じゃないけど、あのヘタクソなメイクとわざと裏声出す事で、随分損してるよなぁ。
 その損してる部分、大衆の大きな勘違いのお陰で今の立ち位置が成り立ってるけど。

 何かなぁ。
 一平先輩の良さをもっと皆に知って欲しいって言うか、最後の1年だからもっと充実した学園生活送って欲しいなとか、今になっていろいろ想うんだ。
 先輩は十八の大学部には上がらないらしいし。
 何となく3年生全体が感傷的な雰囲気の今、俺も引きずられているんだろうか、先輩方には良い想い出を、なんてガラでもないんだけど。

 「あぁ…じゃあね、ハニー。夏が始まっているとは言え、身体を冷やさない様に…おやすみ。また明日」
 お茶を入れ終わって戻ったら、丁度通話が終わった所だった。
 やれやれとため息混じりにソファーへ戻って来た姿は、もういつもの一平先輩で。
 「良いんですか?」
 「おや、カモミールだね。良い香りだ…ん?何がだい」
 「先輩、婚約者が居らっしゃるでしょう。学園で一体何人と関係してるんです?」

 それも、稀に電話現場を目撃する度、相当尻に敷かれてる事が窺える婚約者様だ。
 「心配してくれるのか、心太」
 快活に笑う先輩には、何の憂いも見えない。
 「心配と言うか…婚約者の事、直接お会いしたわけじゃないですが、とても大事にされて居られる様だから、あまり柾の為に熱心にならなくても…あの不敵な俺様だったら1人でも大丈夫なぐらいでしょうに」

 カモミールティーを一口、優雅に飲んで、先輩はまるであの俺様昴に酷似した強い瞳で唇の片端を上げた。
 「そうは問屋が卸さない。だよ、心太。昴がそれで良いと言っても、『俺達』は良しとしない。この学園は侮れないからね。杞憂の芽は摘み取れる限り摘み取る。昴に必要な試練ならばそのままにしておくが…物事は簡単であり、簡単じゃないからね」
 「俺達」?
 問い返す間もなく、この上なく極悪な笑顔の先輩に詰め寄られた。

 「それとも嫉妬かな、心太?俺に抱かれたい?愛は全て婚約者殿のものだから、身体だけになるけど良いかな。あ、言っておくけど、俺は後腐れなく別れるプロだからね。切る時は切るよ、容赦なく」
 「な…!ちょっと、一平先輩…悪ふざけが過ぎ、」
 「あはは!可愛いなぁ、心太は!まっ赤になっちゃって〜このこの〜!間違っても心太には手を出さないから大丈夫!莉人に恨まれるもんねー別に怖くないけど〜」
 「はぁっ?!莉人?!何で莉人が出てくるんですか!!」

 動揺する俺を他所に、一平先輩はさっさと身体を退け、鼻歌混じりにテーブルに広がった書類を纏めて見ている。
 切り替え早過ぎますってば。
 何てマイペースでマイウェイなんだ。
 余程、昴より俺様な先輩の事、どうして俺とごく一部しか知らないんだろう。
 「しーんた!俺に惚れると火傷するぜ…?」
 「もう止めて下さい!!」
 「あっはっは!さあて…明日は祭りだ。もう1度おさらいしておこうね…?」

 夜は更けて行った。



 2013.12.14(sat)22:42筆


[ 495/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -