154.凌のココロの処方箋(6)


 できる事はやった。
 考え得る限りの手段は尽くした。
 後は、明日を迎えるだけだ。
 「ん、お疲れ様でしたっと…全員今夜は余計な事を考えずさっさと寝るように!以上っ!解散!!」
 「「「「「「お疲れ様でしたっ!!」」」」」
 
 気迫ある解散の合図に、全員この数週間の疲れも忘れて、気合いを入れる様に声を上げた。
 俺もそれに倣いながら、誰より1番疲れている筈の、各委員や先生方と声を掛け合っている姿を遠目に見た。
 いつに増して元気だ。
 カラ元気じゃなければ良いけど。
 それぞれと軽く労い合いながら、俺も帰ろうと席を立った。 

 「お疲れ、凌」
 「宮成先輩…お疲れ様です」
 「今日は流石に直帰だろ?」
 「ええ、流石に」
 「俺も。じゃ、帰ろうぜ」
 「アッレー元生徒会長と風紀副委員長は今から逢い引きですかー?」
 やりとりに加わった明るい野次に、2人で苦笑した。

 「旭、冗談が過ぎます。貯まってる風紀ポイント、倍にしますよ?」
 「旭だって最後の打ち合わせあんだろ。言っとくがAチームには負けねぇから」
 「こっわ!一昨日来やがれ〜お前らDチームには大差付けてやっからよ」
 ふざけるバスケ部主将と別れ、宮成先輩と、イベント毎に委員の集会所と化す催事棟を出た。
 外はすっかり、夏の空気の匂いだ。

 「いよいよ明日だなー…」
 「はい。明日ですね」
 ぼんやりと外灯を眺める横顔に、疲労は浮かんでおらず、どこか感傷めいた遠い表情だけが存在していた。
 急に、大人になった。
 彼だけじゃない、3年生は全員、昨年までの無邪気さや無責任さを捨て、大人に成ろうとしている。

 見ていられなくて、そっと目を逸らした。
 チームが同じとは言え、こうして並んで帰れる様になっただけ進歩だ。

 「天谷のヤツ、結局来なかったなー」
 「彼の素行は益々酷くなる一方ですね。まだ1年とは言え…何か企んでいる様ですし気を抜けません」
 「俺が言えたギリじゃねぇけどな」
 「本当に」
 「…そこは否定してくれよ」
 「いいえ。皆驚いています。去年までの先輩は何だったのかと。『裏』の集まりまで参加されてるから」

 大人びた苦笑を視界の隅に、夜空を眺めた。
 誰が何を企てようと。
 俺達は、この学園を…
 歴代の先輩方の意志を、引き継いで来たものを、無駄になどさせない。
 宮成先輩や日和佐先輩達に、安心して巣立ってもらう為にも。
 
 「最後、だからさー…」
 温い風に煽られて、飛んで行きそうな呟きに耳を澄ませた。
 「俺も、俺の大事なもん、いろいろ…守りたいって想った。もっと最初から頑張ってりゃ良かったんだけどさ…」
 瞳をすがめる、今まで見た事のない表情に、草木まで騒いでいる様で。
 先輩はふと、言葉を呑む様に息を吐き、もう大分後ろにある催事棟を振り返った。 

 「明日は前が心配だな。柾が同じチームなだけマシだが…つか柾も流石に今日は帰れるんだよな?」
 「…あらかじめ釘を差して置きましたので、あの馬鹿もいい加減さっさと帰る事でしょう。陽大君は俺が守るので、大丈夫です」
 「そっか…そりゃ心強い」
 微笑った先輩の手が、ふと伸びて。

 「凌も苦労が絶えねぇよな。悪い、頼りねぇ先輩で」
 励ます様に、頭を撫でられた。
 こんな事する人じゃなかったのに。
 大きな手はすぐに離れて、何事もなかった様に歩き出す、背中が遠い。
 いつの間にか、良い距離感で離れられたと想い込んでいた、その距離はとても遠くなっていた。

 「あれ、凌?」
 数メートル進んで、付いて来ない俺に先輩が気づく。
 気づく事なく歩き続ける人だったのに、俺はそれを必死で追いかけていたのに。
 歩みを止めて、ともすれば戻って来そうな気配に、自然に微笑えた。
 「負けませんよ」
 「え?」

 自ら追いついて、歩を進めた。
 「先輩には負けません」
 「え?え?何???つか俺ら、同じチームだよな…って、おい、凌〜?」

 草木はいつまでも、夏の風に揺れて騒いでいた。 



 2013.12.11(wed)21:32筆


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