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険しいお顔をしておられたと想ったら、一転。
「ぶはっ!だから笑わすなっつの!何で急に拝み始めてんだよ!」
お得意のバカ笑い発症。
ほんとうにいつでも、オンオフのご予定ばかりか感情方面までお忙しいことこの上ない御方ですねぇ。
「はいはい、わかりました。どうせ俺は今日も愉快痛快な宴会要員でございます。おはようございます柾先輩。とっとと食べて練習しましょう」
障害物2人3脚レッスンも、もう数回目だ。
いよいよ佳境に差し掛かってきたとなると、その都度場所を変えたり、朝ごはんを食べてから練習するパターン、柾先輩の毎度のバカ笑いにも慣れるってなもんです。
今日はアパート…じゃないや(入寮から何ヵ月経ったって、どう見てもお洒落な欧米風アパートにしか見えないのだけれど)、特別寮から近い森の手前で待ち合わせ。
灯台下暗し、というわけです。
この辺りにはベンチがないから、切り株に座るしかありませんねぇ。
芝生は朝露でしっとり濡れているし。
きょろきょろしていたら、おでこを小突かれた。
「痛っ!何を為さるのですか!おでこが減るじゃないですか」
「『何を為さるの』ってどこの姫だっつの…減らねえし。スルーすんな、陽大。毎回言わせる気か?早く来るなっつってんだろ」
あれあれ、意外な程、本気で険しいお顔に変化しておられる。
先輩の表情は豊か過ぎますねぇ、俳優さんになればよろしいのに。
それに、俺1人しかいないこの場で俺なんかが独り占めって、ねぇ。
なんだかねぇ。
この学校には、いやきっと校外でも想像できないぐらい、先輩を独り占めしたい御方はたくさんいらっしゃるでしょうに。
「れな」さん、とか。
強い光を有する瞳が、俺だけに向けられていいわけないのに。
皆さんに申し訳なくて、胃だか胸の辺りだかがスカスカ、ぎゅうぎゅうした。
お腹空いてるから、も理由のひとつだろうけれど。
返事をじっと待っている、冗談言っても逃してくれそうにない雰囲気の先輩に、俺は本音のため息しか吐けません。
先輩のお忙しい時間を縫って、レッスンしてくださっているご恩の重みは、十分わかっているけれど。
「誠に恐縮ですが、毎回言わせないでくださいませ。しがない後輩の俺が、大先輩であらせられ、且つ雲の上の柾先輩より遅く来るなど、天地の理において許されるものではございません。かしこ」
「手紙かよ。ふぅん…酷ぇのな〜陽大。『大先輩』はとにかく?雲の上って、俺のこと他と差別するんだー?こんなに大事にしてやってんのに?超傷つくんですけど〜」
「ちょぉっ!!こちらこそほんとうに毎回言わせないでください…俺のほっぺたは先輩の大福じゃありません!!」
「ぶっ、そりゃ食えねえもんな。つーか人のセリフ奪んなよ。それこそ不敬なんじゃね?」
「先輩が毎回毎回毎回毎回、俺の大事なほっぺた突っついたりムニっては大福みてえだと仰るから先取りしたまでですよ!いい加減にお止めください!さあ!とっとと食べてとっとと練習してとっとと解散しますよ!」
どうにかほっぺたを取り返し、やれやれと再び座る所を探していたら。
いつの間に?!
いい感じの切り株に素早く座っていた先輩に手を引かれ、これまたいい感じの隣の切り株に座らされた。
まったく何でしょうって、俺の切り株のほうが先輩より高い!
初めて先輩の背を(座った状態だけれども、勝ちは勝ちです)追い越した!
この快挙に小躍りしそうになった、その時、俺の瞳を覗きこむように、若干下から見つめられた。
「陽大さ〜所古先輩、つか、新聞報道部に勧誘された辺りから、更に元気なくなってね?」
2013.12.03(tue) 21:56筆[ 485/761 ][*prev] [next#]
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