145.花咲く森の道
実にお恥ずかしい限りなのだけれども。
所古先輩が付け足された、『今なら入会費年会費無料』のお言葉のインパクトが強烈過ぎて。
一瞬、何がなんだかよくわからないままに、ふらふら〜っと。
あら、お得なのねぇ!と。
それなら入っておこうかしらねぇ!と。
今の内だねぇ!なんて。
とにかく頷いてしまいそうになってしまった………。
いかん、いかん!!
ぶるぶるっと首を振って、深呼吸。
大好きなショッピングセンター内だということも、悪魔の誘惑に負けてしまいそうになる要因かも知れない。
しっかりしなくては!!
ショッピングセンターと言えども、ふつうのお買いものどころではないのだから!
ここはあくまで、十八学園町内にある、主に生徒さん利用のお買いもの施設。
ニコニコ商店街のポイントカードじゃないんだから!
…そりゃあ俺は、実はひそかに学園購買部より正式に発行されている、どこでも貯まるポイントカードを持っておりますけれども…
大多数の生徒さんがご興味をお持ちでない(なんと勿体ない事実なんでしょうねぇ…ポイント貯めるの、たのしいのにねぇ…)ポイントカード、それこそ入会費年会費無料だった。
さすがに十八学園さまだけあって、貯めるのは大変だけれど、規定数貯まったらなんと食堂無料券!
もらえちゃうんですからねぇ、貯めない手はありません。
いや、だからポイントカードは大切だけど、今はそうじゃなくて。
葛藤している俺を、先輩方は不思議そうに見守っておられるじゃありませんか。
「す、すみません…入会費年会費無料のお言葉には、とても惹かれるものがあるのですが…だからと言ってそんな、俺などが…ええと…何でしたっけ…そうそう!そうですよ、新聞報道部さんに俺が入部………って、ええっ?!お。お。俺が新聞報道部さまに入部…?!どこからどうなってそんなお話に…?!いつの間に…!!
これが歴戦をくぐり抜けて来られた先輩方のセールストークっていう商法なんでしょうか?!なんて恐ろしい…うっかり判子を捺すところだった!!そんなの絶対の絶対に無理ですし!!ねぇ?!なんて恐ろしい…ま、まさか、俺が入会費年会費無料の美辞麗句に弱いことを知って…?」
恐ろしい!!
おののいていると、咳払いし切れずに暴発した笑いが二重奏で聞こえた。
「入会費年会費無料…!とても惹かれる…!」
「ちょいと巫山戯て付け足した冗談に、そこまで…!」
「つか、本題聞いてなかったのかよ…!」
「しかし、『無料』が美辞麗句とはねェ…!」
「前、危なっかし過ぎんだろ…!」
「大体、こんな非公式活動に入会費年会費は発生しないさァ!」
「やっべ…マジ腹痛ぇ…!」
「あっはっは、見なァ、前陽大!十左近の爆笑なんざ滅多にお目に掛かれねェ!」
あ、あはは…はぁ………。
全身が熱い。
初夏だということを退けて、暑いし熱い。
やらかしてしまった。
そんなに笑わなくてもいいじゃないですかと居たたまれず、可能な限り身を縮め、しょんぼり項垂れていることしかできない。
またもやらかしてしまった。
だってだって、ポイント集めは俺の大事な日常で、趣味で、生き甲斐で、入会費年会費云々もおおきな問題じゃないですか。
しょうがないんですよ…この喜びに目覚めたのは、何たって小学校低学年の頃、キャリアが長いんですから…ってどんなに心の内で言い訳しても、恥ずかしさは消えやしない。
両先輩方は延々と、5分か10分は笑い転げていらっしゃった。
立ち直られてからも、俺と視線を合わせないようにしていらっしゃるのがわかった。
きっちり目が合ってしまったら、また笑い出してしまいそうなのだろう…ふふ…どうせ俺なんか、お笑い要員ですもの…はぁ。
「…あーっと…笑って悪かった、な」
「いいえ、こちらこそ…どうやらこちらの学校での立ち位置は、面白宴会要員のようですので、たのしんでいただけたのでしたら幸いです…」
「拗ねてるなァ、チビ助ちゃん」
「所古!いちいち蒸し返すな、お前は!」
「いえ、十左近先輩、お気になさらないでくださいませ。拗ねてるわけではなく、諦めているだけですから…」
「あっはっは、まさに犬顔だァ!」
「ちょ…!頬を突つかないでください、所古先輩!面白要員菌を移しますよ?!」
「所古、お前というヤツは…後輩苛めんな!」
「あっはっは、移って構わんさァ。どーせ『我々は皆』面白要員だからなァ」
まるで某生徒会長さまのごとく、俺を玩具になさろうとする所古先輩から、何とかほっぺたを取り返したところ、ふいに、笑みを浮かべられたまま、鋭い眼差しを向けられた。
「前陽大、世の中には実に様々な『面白い』が溢れている。『面白い』事を求めるのは人間の性(さが)だ。何故なら、人は生きて行く事が怖い、死ぬ事が怖い。毎日怖くて堪らない、だからそれぞれ己にあった『面白い』を探すよなァ?
この学園は特に、『面白い』に飢えている、絶えず枯渇している。教職員にはどうする事も出来ん、規律や学業で個々を縛る事はとんでもない歪みを生むからねェ。ただでさえ我々は、『家』から縛られている故に、学園に居る間は一時の自由の中に、それぞれの『面白い』を追求する。
生徒会然り。
風紀然り。
武士道然り。
親衛隊然り。
部活動然り。
喧嘩道然り。
そして、我々新聞報道部然り。
集団生活の中に、娯楽は必要悪だ。時には娯楽が正義となり得る事もある。『今以上』酷い事が起こらない様に、恐怖が暴走しない様に、歯止めの為に。
チビ助ちゃんが『面白い』事に、我々も3大勢力も、学園中が注目している。おっと悲観するんじゃない。チビ助ちゃんの面白味は良い個性だ、我々の悲願へ通じるものを感じる。未来を築いて行く力…とは、大袈裟かも知れんなァ…。
だが、折角の良い個性も、初めてそれに触れる人間には脅威となる。戸惑いの余り、古い流れの中へ取り込もうとするだろう。面白味を求めながら、変化を恐れるのもまた人間の性だ。誰もが有する弱さを、責めないでやって欲しい。
全てを真っ当に進行させる為に、チビ助ちゃんは大きな流れに身を寄せるしかない。即ち学園の主力、我々新聞報道部が適任という事だ!どうだね、学園が良い方向へ変わって行く様を、ワクワクと見据えたいと想わないか」
2012-01-15 23:38筆[ 483/761 ][*prev] [next#]
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