141.出会ってしまった


 ぴゅううっと、相変わらず全開の窓から風が吹き抜けていった。
 ウサギさんも熊さんも、こちーんと固まってしまっている。
 まるで巨大なぬいぐるみみたいだ。
 違ったかなぁとヒヤヒヤしながら、今度は俺がコッホンと軽く咳払いして、引きつる喉を勇気づけた。
 落ち着け、俺…!!
 落ち着いて行くんだ、陽大探偵!!


 「ほんとうに不躾で申し訳ありません…あの、武士道の副長に就いている一成という子がですねぇ、『Black Death』という悪どいお名前の煙草を、以前吸っておりまして…はっ、無論!今は断固として禁煙させております!お恥ずかしながら一成は飽き性な子ですから、件の『Black Death』もちょっと吸ってすぐ、鞍替えしていたんですけれども、如何せん、なかなかパッケージが格好よかったものですから、俺も覚えがありまして…

 まぁ、一成に限らず、武士道の喫煙率はほぼ100%だったものですから、禁煙に至るまでの道程は果てしなく険しく長かったのですけれども、勿論その経過は割愛させていただきます。ただ、険しい道程を経験した甲斐あって、俺は煙草に関する嗅覚がとっても発達しましてね…喫煙されている御方はすぐわかりますし、銘柄も大体わかる次第でございます。

 さて、ここからが本題です。先達て行われました新入生歓迎会、その後に俺は訳あって某先輩にお呼び出しを受けました。寮部屋の移動について…その件は既に解決しておりますが、その時、空き教室に招かれて赴かせて頂いたところ、窓が全開でしてね…そう、ちょうど今、このお部屋のように…何故なら、某先輩は俺の目の前で堂々と喫煙なさっておられたから。換気の為、その後もし教室の利用者がいてもバレない為に、窓を開けておく必要があったのでしょう…容易に推測できます。喫煙の段階で俺は、嗅いだことのある匂い、見たことのある煙草だなぁと想ってはいました。

 けれど、お呼び出しされた理由のほうに意識を取られて、銘柄まで気に留めることなく今日へ至ります。そう今日、改めてこのお部屋の様子、ウサギさんから漂う残り香で、ピンと来たんですよ………あれ、この匂いって、一成が吸ってた煙草と同じじゃないか、いやそもそも、このシュチュエーションはまるきり、あの時と同じじゃないかって…ね。
 
 ウサギさん、あなたさまはズバリ、所古先輩でしょう!」


 意を決した一言が、エコーとなってお部屋に響き、予想外の反響にオロオロと上下左右を見渡してしまった。
 ら、「「………プ…ゥゥエッホン…!」」なんだか今にも吹き出しそうな、盛大な咳払いが聞こえた。
 うう、最後が締まらない、陽大探偵…これはどうやらミッション失敗でしょうか。
 ここは出直すしかあるまいて。
 しょんぼりと床を見つめた。

 「………なーんてね…ということで、失言のすべてを重々に謝罪すると共に撤回致します…偉っそうに物申して申し訳ありませんでした。ウサギさまも熊さまもお喉の調子が本格的によろしくないようですし、俺は俺で勝手にパニくって、我ながら不可思議なテンションに陥っております。恐れながら、出直させていただきたく想います。2度目があったらのお話ですが、また後日、よろしくお願い致します。本日はお忙しい中、折角お招きいただいたのに不甲斐ない結果となり、大変すみませんでした…」

 ぺこーっと深く深くお辞儀をして、立ち去ろうと想った。
 想って、顔を上げたら。
 目の前で、ウサギさんと熊さんが、乱雑に頭部を取り払った。
 
 現れたのは、愉快極まりないといった表情の、十左近先輩と所古先輩だった…!!

 一瞬、やっぱりー!!と想ったけれど、違う。
 ウサギさんが十左近先輩で、熊さんが所古先輩だった!!
 え?!
 まさか、まさか…十左近先輩がいらっしゃるのもすごく驚きだけれど、喫煙者…?!
 いつもイベントの度、凛々しいお声を放つ放送部の十左近先輩が、いつも真面目なご様子の十左近先輩が…!!
 きっと目はまんまるになっているだろう、瞬きを繰り返して、先輩方を交互に見つめるしかなかった。

 「あーァ、暑かったさァ!チビ助ちゃんは笑わせてくれるし、堪んねェ!!ちょっと一息吐かせてくれィ」
 「ったく…所古、てめぇの所為で俺が不審な目で見られてるだろうが!」
 「あっはっはー、不審なのはてめぇのラビットちゃんな格好だろォ。さってと、チビ助ちゃんも大演説だったんだァ、何か飲むかねェ。十左近秘蔵の『特寮OB階限定・スカイレモン』でもイッっとくかィ?」
 なんですって?
 着ぐるみを脱ぎ捨てるなり、いきなりマイペースに室内を横切り、冷蔵庫を開けながら振り返った所古先輩に、想わず食いついてしまった。

 「す、すかいれもん…?!」
 「所古………てめぇという奴は………」
 「あ、あのぅ…十左近先輩の大切なお飲みものでしょうし、俺は水でも何でも結構ですけれども…パッケージとお味の程だけ教えていただければ、大変嬉しゅうございます…」
 お怒り顔の十左近先輩におずおずとお願いしてみたら、御2人揃ってまたも咳払いなさった。

 「…ま、部屋に常備してるから良いけどな。前、遠慮せずに飲め。話はそれからだ」
 「そうそォ、時にはまったりすんのは人生でも1番大事さァ」
 「てめぇは年がら年中まったりしてんだろうが!ちょっとは働け!!」
 「おー怖い怖い!お客様の前で般若みてーだァ。ウサギのクセに生意気だねェ」
 ソファーを勧められて、腰かけながら。
 なんだか…
 なんだか、先輩方も仲良しさんで、そして、面白そうな気配でいっぱいだ。



 2012-01-11 22:28筆


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