140.熊さんとウサギさんに


 距離を空けて立ち尽くしていると、熊さんに気づかれてしまった。
 くるっとこちらを振り向いた、ファンシーで愛嬌たっぷりのお顔なのに、どこかイケメン臭漂う熊さんに、想わずたじろいで後ずさりした。
 お可愛らしい熊さんなのに、この熊さん、スタイルいい…身長も高い!
 何者…?!
 熊さんは変わらない表情のまま(当たり前だ)、俺を手招きされた。
 よくよく見れば、頭部だけではなく、手足も熊さん仕様であることに驚愕した。

 凝っている…!
 もしや、後ろを向いたらしっぽまで…!?
 自然、期待が高まる中、我を忘れて魅入っていると、更にひょいひょいっと手招きが。
 おっとっと、お招きに預かったのならば参上しなければ。
 警戒しながら近寄ると、ボイスチェンジャー的なもので変換された、高音と低音でハモったようなくぐもった声が聞こえた。
 凝っている…!!

 「前陽大君、イラッシャイマセ、ヨウコソ」
 「はっ、本日お招きに預かりました、前陽大でございます。はじめまして…?こんにちはです…お待たせしてしまったようで申し訳ございません」
 「………ゥゴッホン。此所デハ人目ニ付キカネナイ。一先ズ移動シマス。宜シイカナ」
 「はい、構いません」
 「デハ、私ニ付イテ来テ下サイ」
 「はっ、よろしお願い致します」
 「………ゴッホン、ウエッホン!」
 
 …熊さん、咳払いが多いのだけれど、お風邪でも召されて居られるのだろうか?
 体育祭前なのに大変ですねぇ…っ?!
 あっあったぁ〜…!!
 やっぱり、あったぁ〜!!
 くるっと背中を向けられた、熊さんの後ろ姿に、ちゃんと熊しっぽが付いている!!
 芸が細かい!!
 期待通りの展開にワナワナしていたら、置いて行かれそうになって焦った。

 それにしても、近寄ればやっぱり背が高くてナイススタイル、後ろ姿からもイケメン臭がぷんぷんしますねぇ。
 しっぽが付いているのはお茶目さんだけれど、制服もきちんと着こなされて居られるけれど、それもまたギャップ萌えってやつですか?
 ふむ…しかし声を変換したり、ここまで徹底した変装をなさっているということは、ご正体は明かされない、わからないってことですよねぇ。

 時々こちらを振り返る熊さんに、ちゃんと付いて行っておりますよ、と頷きながらいろいろ考えていた。
 考えている間に、あっちを曲がったり、こっちの階段を上がったり、またぐるりと曲がったり、今度はそっちの階段を下りたり…と、なんだかハチャメチャに歩き回るまま、熊さんがふと、ひとつの扉の前で立ち止まられた。
 どうやら目的地にたどり着いたようだ。
 迷路を彷徨ってるみたいだったなぁ。

 「連レ回シテ申シ訳ナイ。前君カラ良イ返事ヲ聞ケナカッタ場合、我々ノテリトリーへ通ジル道ヲ覚エラレタラ困ルノデネ」
 「はっ、大丈夫でございます。どんなお話でも他言無用、こちらへ勝手に立ち入ることは一切ございませんし、道はまったくわかりませんでした」
 「…ウッホン、ナラバヨロシイ。デハ、改メテ…新聞報道部へヨウコソ!前陽大君」 
 アンニュイな雰囲気が濃厚になったイケメン熊さんの手に因って、バーンとおおきく扉が開けられた。

 わ…!
 いきなり頬に、心地良くも強い風が触れて。
 なんだかこの感じ、前もあったなぁって想いながら目をすがめた。
 風が通り過ぎて、視界が良好になった途端、窓が全開になっている室内の様子が目に飛びこんできた。
 なんだかほんとうにこの光景、ちょっと前に見たような気がするなぁ…
 強い風に煽られたカーテンが、軽やかに舞っている。

 そして、部屋の中央には、ウサギさんが手を広げて待っておられた。
 こちらもイケメン臭漂う、隣に並んだ熊さんと同じぐらいの身長で、スタイルもよろしいウサギさんだ!
 というか、頭部と手足と恐らくしっぽも違うだけで、きっちりした制服の着こなし、スタイルと雰囲気共に、よく似通っておられる。
 双子さんかと見紛うばかりに。

 「ヨウコソ、前陽大君!君ヲ待ッテ居タヨ!」
 やっぱりウサギさんも、声を変換なさっておられる。
 「はっ、恐縮です。こちらこそ本日はお招き頂きどうもありがとうございます。ええとはじめまして…?こんにちは、前陽大でございます。入学早々、立て続けに学校内を騒がせてしまって大変申し訳ありません」
 「………ウォッホン!アー、一般生徒デ此所ヘ来タノハ君ガ初メテダヨ、前君」 
 なんですと!

 「それは光栄でございます。俺などが初の栄光を頂いてよろしいのか、甚だ落ち着かない心持ちですが…素直に嬉しゅうございます。こちらが新聞報道部さまの本拠地なんですねぇ…」
 そう言われてしまったら、ついつい、辺りをきょろきょろと見渡してしまうではありませんか。
 久しぶりに探検ソウルが盛り上がるじゃありませんか…!
 いかんいかん!!
 俺は自粛中の身の上、いつまで学校に居られるかもわからない、不安定な未来を抱えているのだから…テンションダウン!テンションダウン!

 ぷるぷる首を振っていたら、「「………ウッホン、ゴホゴホッ」」という見事に重なった咳払いが聞こえた。
 まあまあ、熊さんもウサギさんもお風邪が酷いんですかねぇ…
 何か持ってたっけ…制服のポケットをあっちこっち探ってみたら、そうそう、のど飴がジャスト2個あったっけと取り出した。
 「あのぅ…差し出がましいことを重々承知で、お喉の調子が熊さんもウサギさんもよろしくないようなので…よかったらこれ、どうぞ。舐めたら爽快、少しは楽になると想います…具合がよろしくないのでしたら、俺はいつでも時間がありますので、また日を改めさせていただききましょうか…?ねっ、それがいいですよね。今は誰もにとって大切な時期ですし…」

 そろりそろりと近寄って、手の平の上ののど飴を差し出して。
 沈黙してしまった、アンニュイな熊さんと、よくよく見れば熊さんよりもポップな雰囲気のウサギさんを、どこがお目目かわからないながら覗きこんだ瞬間。
 ん………?!
 「…アー…アリガトウ。心配ニハ及バナイケド、頂コウ」
 「アリガトウ。別ニ大事ナイカラ、今日話ヲ付ケサセテモラウ」 
 んん………?!

 飴玉を受け取ろうとした、熊型の手と、ウサギ型の手。
 お可愛らしい肉球はムニモニしたい、柔らかそうな気配だったけれども、それどころじゃない。
 俺の嗅覚が捉えた匂い、間違いない…!
 武士道の中で鍛えたこの嗅覚には自信があるんですからね!!
 俺はウサギさんの、飴玉をゲットしたばかりのムニモニな手を、がしっと掴んだ。


 「人違いでしたら大変申し訳ありません。失礼ながら…所古先輩ですよね…?」



 2012--01-10 23:41筆


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