138.変わることを恐れたくない
穏やかな顔をした日々が、ゆっくり流れて行った。
日毎に学校中が盛り上がり、楽しい雰囲気いっぱいに満ちている。
他チーム同士の牽制も増え、おおきなトラブルにならないように、先生方や各委員さんはとても大変そうだ。
皆さんと同じように、気持ちが高揚しそうになる。
楽しみだなぁと想ってしまう。
その度に歯止めをかける。
俺に浮き足立つ権利はない。
あくまでこの楽しい空気を壊さず、さり気なく馴染んでいるように、でも過剰に楽しんではならない。
俺に皆さんと同調する資格はないんだから。
体育祭がとても遠く感じる。
毎日、時間が経つのが遅い。
いっそ、早く夏休みにならないかなぁって願ってしまう。
逃げることしか考えられないのかと、自嘲が浮かぶ。
なんだか以前よりずっと、弱くなってしまったように想う。
こんな自分が、すごく嫌だ。
変わらず接してくださる方々もいる。
大介さんや一部のチームメイトさん、武士道の皆、登下校中、今までと変わらず挨拶してくださったり、気遣ってくださる優しい方々がいる。
一方で、距離が空いてしまった方々がいる。
合原さんや九さん、ほとんどのチームメイトの皆さん、どなたかさまの親衛隊に所属している方々…3大勢力の皆さんとは、体育祭前だけに接する機会がない。
同じチームの柾先輩、無門さんは生徒会のお仕事で忙しいご様子、大事な打ち合わせの時だけ参加されている。
正直、武士道以外の3大勢力の皆さんとお会いしていないことに、少し安堵している。
皆さんにどれだけたくさん、ご迷惑をおかけしていることか…合わせる顔がないから。
時折、先輩方からお気遣いのメールを頂く度、鈍い痛みを感じた。
メールだけで辛かった。
お弁当シフトが続いていたらと想うと、居たたまれなくなる。
3大勢力の皆さんは先輩ばかりで、元々遠い存在だから、まだ痛みは少ない。
ほんとうに辛いのは、同じクラスで仲良くしてくださっていた、合原さんと九さんだ。
あの号外が出た日以来、御2人と、その周りの方々と、随分おおきな隔たりができてしまった…
全身で拒絶を示され、挨拶も会釈もできない現状が、何より堪えた。
九さんの側にいらっしゃる美山さんと同じ状態の方々が、クラスに増えてしまった…沈黙を保って、なるべく目立たないように、これ以上皆さんの気に触らないように、息を潜めているしかない。
大介さんは気にしないで良い、直にこんな状態は終わる、新しい話題が出たらあっという間にそちらへ興味を移すだろうと、フォローしてくださっている。
とても有り難い、けれど、その新しい話題もまた俺が引き起こしたら、と恐怖を感じてしまう。
どこにいても落ち着かなかった。
授業中と、相変わらずお邪魔し続けている一成の部屋にいる時が、やっと安息で。
本番が近付いて、いよいよ体育祭一色の日々が訪れたら、どうなるんだろう。
今でも怖くて仕方がないのに…
教室内も廊下でも、どこかの施設内でも外でも、冷ややかな視線と複数の囁き声を感じる。
単独で歩いている時、すれ違い様に何か言われたり、俺がぼーっとしている所為もあるのだろう、ぶつかったり、足が引っ掛かったりすることが増えた。
その度に、びくびくしてしまう。
視線が下向きだから、ほんとうのところはわからないのに、どうしてもくよくよしてしまう。
ひとつひとつの物事に、いちいち神経過敏になっている。
自分でもどうにかしなくてはと、想うのだけれど、どうにもできない。
柾先輩と俺に、やましいことなど何ひとつない。
堂々としていればいい。
胸を張っていれば、顔を上げて笑みを絶やさないでいれば、やがて不穏な気配は消えてしまうだろう。
わかっているのに、全身が強張る。
心が言うことを聞いてくれない。
ただ、浅はかな夢だけを見続ける。
早く夏休みになってほしい。
早く大人になって、年を取って、おいしい食堂を実現したい。
今の自分がちゃんと頑張らないと、叶うわけがないのに。
未来のことばかり考えている。
現実から逃げている。
いっそ、こんな自分から逃げ出したい、誰か他の人に成れたらと思考が伸びて行く。
命を取られるわけじゃない。
悲惨な目に遭っているわけじゃない。
誤解を招く行動を取った、皆さんに不快感を抱かせてしまった、それだけのこと。
まだいくらでも頑張れる余地はある筈なのに。
立ち止まったまま、身を縮こまらせている。
あの時の皆さんの反応、柾先輩の対応、富田先輩の言葉が、脳裏から離れないまま、俺は目を閉じて膝を抱えている。
もちろん、いつまでもこのままでは居られない。
流れを変えるのはいつも、周りに居てくださる方々だった。
ある日、いつかのようにHRの終盤で業田先生に呼ばれ、なんてことのない連絡を受けた際、またさり気なくメモ書きを渡された。
2012-01-08 23:05筆[ 476/761 ][*prev] [next#]
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