34.狼ちゃん、しっぽを振る


 先ずはお味噌汁を…うむ、出汁がよく効いて、じゃがいもも玉ねぎも程よく火が通ってる。
 次はナムル…お、ちゃんと水気も切れてるし、もやししゃきしゃき、味もグッドグッド。
 さて、メインの丼は…む、とろっとしつつも香ばしく焼き上がってるじゃありませんか!
 タレの配合、ばっちりだったな!
 ほんのりレモン風味のパリパリキャベツと合わせてかきこむと、いっくらでも食べられる!
 初キッチン、初晩餐にしては上等、上等!

 夕食のできばえに、すっかり満足して、食べ続けること数分。
 俺、なにか忘れてない?
 はっ!! 
 角を挟んで座っている、美山さんの存在をすっかり忘れ…
 いや、忘れるというかなんと言いますか、ちょっとばかり初晩餐に自己満足、自己陶酔、自己倒錯しちゃったと言いますか。
 それよりも美山さんのお箸は進んでいるだろうか?!

 もしお口に合わなかったら、食べられないものとかあったら、どうしよう!
 今更、冷や汗が流れる思いで。
 そうっと。
 なにげなさを装って、夢中になっていた丼をテーブルへ置き、お茶を飲むフリして視線を上げたら。
 美山さんは、無表情に、モリモリと頬を膨らませておられました。
 食べてくださっている…!!
 眉間のシワも消えてる…!!

 更になにげなくテーブルへ視線を向けたら。
 早っ!!
 美山さん、食べるの早っ!!
 小鉢に取り分けたナムルも、お味噌汁も、丼も、すべて残るは二十%。
 美山さんの箸も頬と顎の筋肉も、僅かにも止まる様子はない。
 「あ、あの〜…美山さん?」
 「…?」

 止めるのは、忍びなかったけど。
 折角、一緒に食べているのに、会話もなく無言で食べ終わるのはどうなんだろう、哀しくないかとも思えて。
 それに。
 「お味はいかがでしょうか…?聞くのも言うのも遅過ぎますが、食べられないものとかあったら、遠慮なく仰ってくださいね」
 大事なこと、聞いていなかったから。

 もぐもぐ、ごっくん。
 美山さんが、静かに箸を置いた。
 固唾を呑んで成り行きを見守る俺と、テーブルの上を交互に見つめて、ポソリ。

 「………美味い」
 「あ、ありがとうございますー!食べてくださってるからだいじょうぶかな〜と思いつつ…気を遣ってくださっているなら申し訳なくって、つい口を挟んでしまいました。よかった〜…」
 「つーか…」
 「はい?」
 ほっと一安心していた俺と、その一瞬だけ、美山さんは視線を合わせてくださった。


 「こんな美味いメシ、初めて食った…」


 すぐに逸らされた視線。
 テーブルの上をじっと見つめる、美山さんのその仕草で、本心から言ってくださったんだって、そう信じたいって思った。
 「ありがとうございます…!俺にはもったいないお言葉ですが、すごくすごく…すっごくうれしいです…!!初めての寮で作ったごはんなので、余計にうれしいと言うか…お言葉にお応えできるように、ますます料理の腕を磨こうって、励みになりました!あの、よかったら、まだ残ってるので…」

 「残ってる…?」
 「はい!いつもたくさん作っちゃうんです。豚肉の生姜焼きもキャベツもお味噌汁もナムルも、おかわりできるんで召し上がってくださいね。もちろん、無理はなさらないでください」
 そう言い終わるか終わらない内に、美山さんは残っていた丼をモリモリと食べ切った。
 「………おかわり、したい」
 「はい、どうぞどうぞ!でもそんなに急がないで、なるべくしっかり噛んで召し上がってくださいね」

 なんだか、微笑ましいひと、だなぁ。
 俺にそう言われ、おかわりしたいものの、どうしたらいいものか、所在なくテーブルの上を彷徨わせている視線が、なんだかちいさな子供みたいで。
 美山さんって、きっと、すごくピュアなひとなんじゃないかな。
 思わず緩んでしまった頬をそのままに、俺は美山さんの丼に手を伸ばし、おかわりよそって来ますねと立ち上がった。
 結局、多めに作った夕ごはんは、キレイさっぱり美山さんが食べ尽くしてくださって、俺は調理冥利に尽きる…!と、ひどく満足したのであった。



 2010-05-05 22:12筆


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