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 急にフォークを置いた俺を、訝しげに見つめておられる気配が、目を伏せていてもわかった。
 ケーキに添えられた、大人っぽい甘さのアイスクリームが、静かに溶けていく。
 「どうかしたか」
 遂には問い掛けられてしまい、その優しい声音に、喉がひくっと詰まった。
 冷えてしまった紅茶を飲み下し、どうにか声を絞り出した。
 「いえ、あの………すみませんでした」
 ぺこりと頭を下げ、やや経ってから顔を上げると、眉間に皺を寄せた日景館先輩と目が合った。

 「君が何を謝る?何故、今謝った。説明してくれ」
 「あの…何度も注意を受けて、何度も反省して、でもまた、号外が出る騒ぎを起こしてしまって…いつもお騒がせして、ほんとうに申し訳なく想っております。先輩方が一生懸命頑張って、より良い学校にしようって奮闘されていること、知っているのに………。ご迷惑ばかりおかけして、ほんとうにすみません。それなのに、こうして気遣っていただけるなんて…」
 また頭を下げようとしたら、意外に強い力に腕を掴まれて、首を振られた。

 「君が恐縮する必要はどこにもない。寧ろ、俺達が君に謝罪して然るべきだろう。学園の極秘事項を打ち明け、巻き込んでいるのは俺達だ。巻き込みながらフォローが足りないばかりに、君を矢面に立たせてしまっている…穏やかな学園生活を送れない状態にしてしまった。申し訳ない」
 「とんでもないです…!入学初日から俺は浮いてて、悪目立ちしてばっかりで…俺が至らないばかりに、すべての皆さまにご不快な想いを感じさせてしまって…俺のことで号外が何度も出たのは、間違いなく俺の所為ですから!」
 
 日景館先輩のお顔が、憂いを帯びていく。
 そんな風に言わないでくれと、無言の内に語りかけられているようで、そっと視線を逸らした。
 お皿の上のアイスクリームは、カスタードソースのように崩れてしまった。
 「………責任感が強いんだな。君は誰かを責めたくなった事はないのか。何故こんな厄介な目に遭わなければならない、何故勝手に極秘事項を明かされなければならない、此所へ来てから気が休まる事がないと、憤る事はないのか」
 「そんなこと、想えません。起こることは全部、俺が招いていると想うので…例え、先輩方に大切な情報を明かされていなくても、今と変わらないと想います。俺は、責任感が強いわけではなくて…」

 そうじゃなくて。
 ただ、弱いだけ。
 周りへの配慮に欠けているだけ。
 こんな短所は、十八学園にいるから、じゃなくて、どこへ行ったって変わらない。
 もしもの世界を、存在させてはいけないんだ。 
 物憂い表情になってしまった日景館先輩と、怖かったけど、視線を合わせた。

 「俺、十八学園を退学したほうがいいですよね」 

 色の薄いきれいな瞳が、ゆっくり見開かれる様子を、最後まで見届けることはできなかった。
 自分の膝の上に目線を落とすと、ちっぽけな、何の力もない握り拳が見えた。
 こんなんじゃ、こんなちいさな手じゃ、いろんな人に喜んでもらえる食堂を作ることなんて、夢のまた夢だ。
 夢が遠ざかって行くばっかりだ。
 そして、「退学します」と言い切れない、どこか先輩に意見を委ねるような言い方になった、とことん弱くて卑怯な自分に嫌気が差した。

 未練が、後悔が多いから。
 この学校は、家族になる筈の十八さんが経営する、ほんとうにいい学校で。
 素敵な人ばかりで、もっと皆さんとお話したくて。
 仲良くなった皆さんと離れ難くて。
 たくさんの充実した行事も設備も、もっと堪能したくって。
 俺って、どうしてこうなんだろう…?

 柾先輩みたいに強く、まっすぐ、立っていられたらいいのに。

 「君は…そんな事まで考えているのか」
 日景館先輩が、それは深いため息を吐かれた。
 「済まない。そこまで追い詰めておきながら、俺は何と言ったら良いのか…とにかく早まらないで欲しい。大体、最近の号外の発端は昴自身に問題がある。俺達の管理責任もあるが、今後も対策を突き詰めて行く。君にもいろいろ想う事はあるだろうが、当面は体育祭に専念してくれないか」
 「すみません…どうしたって先輩方にお気を遣っていただくことになって…俺などの所為で、お忙しいのに申し訳ないです…」

 「いや…」
 どこか寂しそうに苦笑した日景館先輩は、それはきれいで、胸がきゅっとなった。
 「悪いな、俺は昴の様に機転が利かない。上手い言葉が見つからん。もっと何か言えたら良いんだが」
 「いえ…!とんでもないです、ほんとうに…十分いただいておりますから!どなたかさまと比べる必要など、まして、あのような無敵ヒーローみたいに、宇宙の遥か彼方イケメン星からやって来られたが如く不可思議な御方のことなど、スルーで行きましょう!!」
 想わずぐぐっと拳を握り締め、がたりと立ち上がってしまった。

 先輩の唖然としたお顔を見て、やっと我に返った。
 何をわけのわからない自説を振りかざして、勢いづいてしまってるんだ、俺ったら!
 「す、すみません………無闇に力が入ってしまいましたが…その、あのぅ…ですから、どなたさまもひとりひとりが尊い命で、しかも十八学園の皆さまはそれぞれがヒーローそのもので、俺などから見たら皆さん全員がキラキラ光っていて、中でもトップアイドルさまに君臨なさる生徒会さま、そこに在籍なさっておられる日景館先輩は、ほんとうに素敵で眩しい存在なんですよと、こう言いたかっただけなんです…」

 しおしおと席に着くと同時に、何と、日景館先輩が吹き出して笑う声が聞こえた。
 「はははっ、そうか…君を元気付けるつもりが、俺が元気付けられてしまったな…」
 俺はきっと今、自分の熱くなり易い性格と、殿下のプリンススマイル最大威力の合わせ技で、全身まっ赤に違いない。
 「君は本当に面白いな…益々貴重な人材だ。手放せない」
 相変わらず笑いながら、お茶が冷めてしまったねと、優雅にメニュー表を広げる日景館先輩の前で、ひたすら恐縮してちいさくなっているしかなかった。
 


 2012-01-04 23:06筆


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