132.それは想わぬティーパーティー


 「わぁ〜…ほんとうにほんとうによろしいんですかねぇ………」
 瞬きを繰り返すしかない。
 金銀ギラギラ財宝の山のように光り輝くテーブルの前で、俺は精一杯、ちいさな目を見開いていた。
 「構わん。好きなだけ食べれば良い」
 そんなお宝尽くしのテーブルより、一際光を放っている日景館先輩の眩しいこと!

 公共の場で披露なさっておられる、穏やか仕様ではないけれど、長い足を組んで優雅に腰掛け、どこかチョイ悪な雰囲気の先輩には、やっぱり「プリンス様」の称号が当てはまる。
 差し詰め俺は、プリンス様にお目を掛けて頂いた、しがない見習いお小姓みたいに見えるだろう…ふふ…ここには誰もいらっしゃらないけれども。
 ええと、そもそも、気づいたらここにいた、with日景館先輩っていう感じだ。
 どうしてこうなったんだっけ。

 俺は確か、先ほどまでいつも以上にぼんやりしつつ、放課後になったから教室を出て、あちらこちらから寄せて頂いた挨拶のお声に「また明日ワン!」とかふざけて、ワンワン言いながらも、足取り重く歩き続け、でもいつもの習慣で、今日の晩ごはんはどうしようかなぁって献立を考えながら、武士道たちは秘密の特訓があるって言ってたなぁって、ひとりで食材調達に赴いている途中、白馬に乗ったプリンス様に攫われた…?

 そうしていつの間にか、恐れながらプリンス様と差し向かいでここに座っていて。
 目の前には、真っ白なテーブルクロスが掛かったテーブル。
 その上には、色とりどりの鮮やかな、たぁくさんのお可愛らしくも上品なケーキの数々。

 「右から順にバニラビーンズ入りカスタードと生クリーム入りシュー・ア・ラ・クレーム、ダークチェリーソースのかかったガトー・ショコラクラシック、ヴァニラアイスクリーム添え・タルトタタン、あっさりした味わいのムース・オ・ピスタチオ、王道のミルフィ・オ・フレーズ、ふんわりフロマージュ・クリュ、魅惑のシャルロット・オ・ポワール。本日の紅茶はキーマンだ」

 ………?!
 ?
 ??
 ???
 「………誠に恐れ入りますが、アイキャンノットイングリッシュ、マイネームイズハルトススメ、アイアムアトップアイドルズペット、ノーサンキュー………」
 「いや前陽大、しっかりしろ。逃げ腰になるな。青ざめるな、震えるな、涙浮かべるな。大丈夫だ、所詮ただの洋菓子、砂糖と小麦と油の固まりだ」

 「うう…大変申し訳ありません…我が身の不甲斐なさに宇宙の果てまで自己嫌悪でございます…日景館先輩とのレベルの差は重々承知しておりますので、あいや今しばらく…!どうかご勘弁ください!このような高級食品…プリンス様の常食を、俺如きただの一般人が、いえペットさんの犬ころ如きが…いえそれ程お可愛らしい存在に適うべくもないと重々承知の上ではありますけれども、とにかくこのような哲学的お名前を有する美しい食べ物、一口でも頂くわけには参りませんので!どうか、どうかお許しください!」
 
 プリンス様は俺の動揺をきょとりと眺めた後、どう扱えばいいのか困惑に満ちた、笑いたいような疑問のような、やっぱり笑いたいような、微妙な表情をなさって口元を片手で覆われた。
 「昴の気持ちが分かる気がするな…」
 「???何か仰られましたでしょうか…?」
 「いや…何もない」

 「あのぅ…ほんとうに、ここに俺などが存在しても、日景館先輩のお邪魔になるばかりですし、俺といてもろくでもないことばかりですから…またどなたかさまに見つかったら一大事、ですし…勝手ながらこれにて失礼させて頂きたく候」
 そろそろと立ち上がり、ぺこりと一礼したら、ごほんっと咳払いが聞こえた。 
 「あー…気にするな。君がそうへり下る必要はない」
 「いえいえ、とんでもございません!俺など、これ以上ここに存在していても何のお役にも立てませんから」

 「…しかし面白いな」
 「はい?」
 「いや、何でもない。とにかく落ち着け。安心しろ、このテラスは俺のテリトリーだ」
 え?!
 ここが日景館先輩のテリトリー?!
 改めて周りを見渡した。
 まるで人気のない、静かな、非常に大人っぽくまとめられた広い空間。
 中庭に面し、おおきく取られた窓辺、ここには先輩の座るテーブルセットしか据えられていない。
 
 「3大勢力各々にはそれぞれテリトリーが在る。その中だけは治外法権、例え同じ3大勢力であっても立ち入る事は許されない。テリトリー内で起こった出来事は全て、そのテリトリーの主の一存で治められる。今は体育祭期間、俺と君は敵同士だが、此所では関係ない。俺が呼ばない限り、心太でさえ自由に立ち入れない。とにかく座れ。此所で供される軽食は特別に美味い。名前や見掛けは大袈裟で気取ってやがるが、味は誠実に美味い。お茶だけでも飲んで行くと良い」

 淡々とそれだけ言った先輩は、実に優雅な仕草で、ティーカップを持ち上げた。
 紅茶が似合う御方だ。
 キングオブ紅茶だ。
 ほんとうにプリンス然とした、優美な人だなぁ。
 恐縮しながらも、落ち着いてお茶を飲んでいる先輩の雰囲気に引きこまれ、おずおずと座り直した。
 今更気づいたけれど、ふうわり程よくクッションの利いた椅子だった。



 2012-01-02 23:59筆


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