131.副会長のまっ黒お腹の中身(8)


 放課後すぐに撒かれた号外を握り潰し、美化委員と用務員の連携で設置されている、「再生資源回収箱/書類関連」という名の屑入れへ、誰も見ていないのを良い事に投げ入れた。
 最も厄介な事態は防げた様だが…
 それでも、前陽大への悪影響は免れないだろう。 
 多少の嫌がらせは始まるかも知れん。
 先に出た、「親衛隊号外」の写真が悪かった。

 あの昴が、柾昴ともあろう男が、前陽大にあんな顔を見せるとは、前代未聞だ。 

 長い付き合いだ、幾ら難解と言えど、多少はヤツの事を知っている。
 ああ見えて、意外な程他人に無関心な男だ。
 表の顔はあくまで過剰な演技、その実、ヤツは素っ気なく、人は勿論、物事に関心を持つ様を見た事がない。
 こだわりがある様に見えて、こだわりがない。

 人を寄せ付けない訳じゃない。
 寧ろ、あらゆる人間を引き寄せる、強烈な引力の持ち主だ。
 当人にその意思がないという事。
 来るものは拒まず、去るものは追わず。
 色恋沙汰にハマる姿すら見た事がない。

 ヤツは学園内でのトラブル回避の為、修行僧かと見紛う如き頑に禁欲を誓っているが、学園を出たら悠も比較にならん位に派手に遊ぶ。
 誰も知らない水面下で器用に、上手く遊び回る。
 トラブルに発展しそうな相手とは、絶対に接触しない。
 野性の勘でも働くのか、呆れる程見事な手腕で外界を彷徨う。
 だが、本命は作らない。

 謎の多い柾家だけに、どんな制約に縛られて生きているのやら…
 許嫁が定められているのではないかと俺は睨んでいる。
 ヤツとて俺達と同じ、束の間の自由を、但し学園外で謳歌する様にと、家長から厳命されているのではないか。
 色恋に限らず交友も、学園生活そのものに制約があるが故に、ヤツは水が流れる様に過ごしているのではないか。

 俺達の社会の中でも、柾家の格は桁外れに高い、今更此所で親しい人脈を築く必要など無いのだろう。
 それ故、誰にも心を許さない。
 学園の誰もと同じながら、その責任は相当に重い物だろうと察する。
 だから孤高で、他の誰とも毛色が違う。
 抜きん出て目立つのは、そういう内情があるからだろうと想っていた。
 
 それがどうだ。
 俺達にも見せない、前陽大に向けた瞳の優しさ…
 取るに足らない親衛隊の妄想が具現化したと、陰口を叩かれている「親衛隊号外」に、学園中が騒然となる程の影響を及ぼした。
 写真の加工ではない、そういう意図でわざと取られた写真ではない事は、歪に残った手ブレやピンボケ、進化したとは言え携帯ならではの画像の粗さから、容易にわかる。

 昴の写真自体、無修正で流布されるのが通常だ。
 一体、誰1人として見た事がないあの表情は何なのか。
 前陽大と昴が、何故か奇妙に息が合うというのか、年の差や役職を超えて話が合う場面は何度か見ている。
 前陽大は間違いなく、これからの学園にとって、必要な人材だ。
 異質なこの世界の中、あのキャラクターが際立って面白く、本人が善良で誠実な人間である事は誰もが認めるだろう。

 破天荒な武士道を大人しく従わせる迫力。
 悠の手綱を取り、生徒会1年生組を懐かせる包容力。
 規律でガチガチの風紀を和ませる雰囲気。
 問題児だらけの1年A組で、マイペースに過ごせる度胸。
 表情豊かなたこウィンナーを生み出す技術。
 昴が特に目を掛けるのも当然だろう、ヤツの頭の中は学園を良い方向へ導く事が最優先になっている。

 それにしても、生徒会長という立場上で収まる枠を超え、まさか…
 個人的に気に入っているのではあるまいか。
 あの、柾昴が…?
 あのパッと見冴えない、平凡極まりない一般人の、特に容姿が優れているわけでもないフツーの男子を…?
 あんな風にバカ笑いじゃなく微笑い掛ける程に、気に入っている…?

 「実家の犬に似ている」と、俺様会長ならではのペット扱いに、あの場は大ウケしたと報じられていたが。
 前陽大がペットに似ているから?
 たかがペット如きに、昴はあんな顔をするのか。
 ヤツが動物好きなど、全く聞いた覚えのない話なんだが。
 それにしても、あのさっきの号外で大きく引き伸ばされていた、前陽大の「光栄ですワン」のポーズ………

 想わず顔がニヤけて、我に返って咄嗟に辺りを見渡した。
 こんな所に人が居るとは想えんが、誰かに見られていたら堪ったものではない。
 昴と前陽大がスッパ抜かれる程だ、これから暫く油断は禁物だな。
 とにかく、これで事態が収束したとは到底想えない。
 昴と前陽大の接近を極力減らし、用心を続けねば、今日を看過しても後々、何らかの火種が爆発しては困るのだ。

 ため息を落とし、歩き続けた。
 憂いを帯びた疲労困憊の生徒会副会長と、人気のない遊歩道、バックには夕陽というこのシチュエーション、俺の親衛隊が居ようものならたちまち撮影大会の幕開けだ。 
 うんざりしながら、夏の匂いが混じり始めた温い風に吹かれたその時、前方に小柄な背中を見つけた。
 肩を落としてのろのろと歩く、あの老いさばらえた爺さんの様な後ろ姿は、まさか前陽大か…?



 2012-01-01 21:08筆


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