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 もう何度目だろう、柾先輩の手で沈黙がもたらされたのは。
 でも今度の沈黙は、これまでと異なるものだった。 
 ぎこちない静けさ、どなたさまも目が点になっているのがわかる。
 俺も、目を点にするしかなかった。
 先輩だけが悠々と立って、所謂ドヤ顔的に構えていらっしゃる。

 やや経ってから、皆さんが再び疑問の声を揃えられた。
 「「「「「………はい?」」」」」
 当事者の俺が1番、声を大にして問い詰めたかったけれど、無論、成り行きを見守るしかなくて。
 「陽大、実家の犬にそっくりだから」

 いえ、だから!
 「「「「「すみません、それはもうお伺いしましたが…」」」」」
 同じことを繰り返した先輩に、皆さんから、そろそろと控え目なツッコミが入った。
 ひとり、きょとんとしている先輩は、もうこの話題飽きたと言わんばかりに気怠そうに小首を傾げている。

 「だから。俺様の犬に似てんだっつの。そもそも犬顔だろ、コイツ。『お母さん』も言い得て妙だけどー俺様からすりゃ、いっつも元気に駆け回ってワンワンクンクン、やんちゃなイメージ?
 あんまりにも似てっから、つい構いたくなんだよ。誰だっててめえが可愛がってる動物に対すりゃ、険しい顔もしてらんねえだろ。離れて暮らしてるだけに、余計にそう見えちまうんだよなー…小せえ奴には親切にするのが俺様ポリシーだし?
 陽大に対して、それ以上でも以下でもないっつか。なー、陽大」

 犬………。
 俺が、柾先輩のご実家のワンコさんに、そっくり………。
 そもそも、犬顔………。
 元気に駆け回ってワンワンクンクン、やんちゃなイメージ………。
 小せえヤツには親切に………。

 それ以上でも、以下でも、ない………。

 どなたさまも、柾先輩の言葉を、心の中で反芻したに違いない。
 しっかりと意味を把握し、ご自分の中にじっくり収めたに違いない。
 またも舞い降りた沈黙の中、俺の頭の中にもガンガンと、先輩の発したひとつひとつの言葉が響き渡っていた。

 俺は、手のかかる厄介な後輩ではなくて、先輩にとってご実家のワンコさんに等しい存在なんだ………。
 察するところ、それなりに可愛がっていらっしゃるのだろう。
 ずっと十八学園に在籍されている先輩は、中学生の頃から寮生活で、なかなかご実家に帰れないご身上だけに、ワンコさんのことを気にかけていらっしゃるのだろう。
 再会の度、それなりに歓喜なさっておられるのかも知れない。
 
 そんなワンコさんに、俺がそっくり………。
 それで、柾先輩はこれまで、ワンコさんに接するように何かと親切にしてくださって…あの笑い上戸病も、似ているというところが出発地点なのかも知れない。
 これまでの、先輩との不可思議な交流における、数々の疑問が氷解して行く一方で。
 重要な点に気づいた。

 先輩に相槌を求められている。

 淡々と説明した最後、「なー、陽大」って、これだけ距離があるのに俺を見つめ、名指しした。
 まさに無言の圧力、「俺に合わせろよ」ではないか。
 間が空いてしまったけれど、どなたさまも呆然としておられるから、気に為さらないだろう。
 俺はこの場で、最善を尽くさねばならない…!!


 「そ…そうだワン…?」


 しまった、手がニャンコさんの手になってしまったワン…!!
 己の失態に頭を抱えたくなった次の瞬間、静寂が決壊し、辺りにものすごい笑い声が怒濤のように響き渡った。
 あまりの笑いの洪水に、ニャンコさんの手のまま、凍りついてしまったワン…!
 う…?
 どなたさまもお腹を抱えて、涙を流しながら大爆笑?!

 え。
 え。
 えっと、そんなに面白いことがあったっけ…?!
 あるなら俺だって便乗したいと、きょどきょど辺りを見渡していたら。
 皆さんが指を差して笑っているのが他ならぬ俺で、飛び上がりそうにぎょっとした。

 「あははは…!!い、犬…!!た、確かに…!!」
 「マ、マジ無理…マジ腹痛いし!!」
 「『そうだワン』って…『そうだワン』って!!」
 「柾様のペットにそっくり…!!ウ、ウケるんですけどー!!」 
 「ど、道理で…!!あの優しいお顔は、ペットに過ぎないから!!」
 「おかしいと想ったんだ、ふふふっ、柾様が簡単に恋心を抱く訳がないものねっ!!」

 どなたさまかが、笑いの渦の中、先輩に問い掛ける声が聞こえた。
 「犬種は何ですか?!」
 皆さまといっしょになって、それは悪どく微笑いながら、先輩は唇の端を歪めた。
 「トイプードル」
 「「「「「トイプードル…!!まさにー!!」」」」」
 誰もが、笑っている。

 柾先輩も。
 合原さんも。
 九さんも。
 大介さんも。
 同じクラスの皆さんも。
 学年を超えた、同じチームの皆さんも。
 他チームの皆さんも。

 だから、俺もせめて笑うだけ、それしかなくて。
 爆笑の嵐の中、何故か、柾先輩が傍らの合原さんに囁くお声が聞こえてしまった。
 「俺を疑ったな、心春…?後でお仕置きな」
 「柾様…!はい…!!」
 合原さんの頬が、たちまち赤く色づき、瞳がキラキラと輝いたのがわかった。

 とてもお可愛らしい。
 朝からずっと無表情を保っておられた合原さんが、そうやってキラキラされていると、とっても安心して。
 更に九さんが柾先輩に何か言い、何か応えた先輩に、にっこり笑いかけているお姿が見えた。
 皆さん一生懸命で、元々がお可愛らしい容姿だから、ますます輝いて見える。

 柾先輩を取り巻く人々だけじゃない、学園中、いろいろな魅力を有する素敵な人しかいらっしゃらない。
 俺は俺で、どうしたって俺にしかなれない。
 人さまに笑われたからって、気にしてもしょうがない。
 成りたい姿にすこしでも近づくよう、いやせめて心だけは磨こうと、努力を積み重ねて行くしかない。

 わかっているのだけれど。

 「……ワンコさん…、かぁ…」

 こんなに、騒動が起こった時よりもずっと、胸の中がぽかんとして、身体の中ががらんどうみたいにしーんとしているのは、どうしてなんだろう。



 2011-12-27 22:23筆


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