129


 突然現れた。
 みたいに見えた。
 何の前触れもなくいきなり、まだ5限が始まるには程遠い時間帯なのに、柾先輩はここにいるのが当然のように、飄々と存在していた。
 廊下側も、教室内も、そのあまりに堂々としたお姿に気圧され、ただならぬ静けさに満ちている。

 この御方は、他者を圧する存在感をほんとうに持っておられる。
 それを自在にコントロールされる、自然に、いいようにも悪いようにも。
 今朝とまったく雰囲気が違う。
 生徒会長、だ。
 生徒さん方に選ばれ、トップに立っている生徒会長。

 並ならない労苦をものともせず、まっすぐ立つ人。

 俺は、この場でどう動いたら、柾先輩のご迷惑にならずに済むのだろうか。
 しばらく圧倒された後、すぐに当面の問題が頭に浮かんだ。
 仁からのメールには、先輩に合わせるようにと書いてあった。
 こんなに早く来られた先輩は、果たしてどう動くおつもりなんだろうか。
 俺はどう合わせたらいいんだろう。

 そんな余計な手間などかけずに、俺自身が皆さんに謝罪し、度重なる不祥事の責任を負って退学すれば、なにもかも丸く収まるんじゃ…
 固唾を呑んで拳を握り締めた時、どなたさまも微動だにされない中、九さんが動いた。
 机の上に広げられていた号外を、手荒くまとめて手に持ち、先輩の元へ足早に去って行かれてしまった。

 号外を握りしめた時の、ぐしゃりという音が、耳の奥にやけにこだました。
 「コ、コウ…!!これっ…!!どういう事なんだよっ?!はるとと、今朝、ふ、2人っきりで…一体何してたんだよっ?!!」
 どこか悲痛な叫びにも聞こえる九さんの声に、固まっていた時が動き出し、そこかしこから悲鳴や嘆きの声が響いた。

 「いや〜!!柾様ぁ〜!!」
 「柾様に特定の人が出来るなんてっ…そんなの許せません!!」
 「見損なったぜ、柾ー」
 「会長様はどなた様にも手を出されないから、安心して憧れていられましたのにっ!!」

 「僕達を裏切るんですか?!」
 「Aチーム優勝、消えたな…」
 「因りにも因ってお母さんなんかと…!!」
 「柾様ならせめてもっと…お綺麗な御方がお似合いですのにっ」

 俺はただ、俯かないように、必死で。
 先輩がどう動くか、まったくわからないから、とにかく顔を上げて、注意深く息を潜めているしかなくって。
 俺がすべての責任を負うのは当然だけれど、先輩は今、一体何を考えていらっしゃるのだろう…? 

 九さんに突きつけられた号外を、目の当たりにしながら、先輩の瞳は至極落ち着き払っていた。
 記事の全容を観察するように眺めて、それから、止まない数々の声をゆっくり見渡し、やれやれと。
 冷め切った、何もかもに興醒めしているっていう瞳のまま、不敵な笑みを浮かべた。


 「下らねぇ」

 
 一撃必殺の、冷たく落ち着き払った声だった。
 斬られたか斬られていないか、そんなことも悟らせない、簡単で確かな言葉ですべてを振り払った。
 再び静まり返る世界に、淡々と事実が響き渡る。


 「体育祭が迫ってる中、チーム優勝考えねえ寝惚けた馬鹿がこの学園に居るってえのか?てめえのチーム度外視でやる気無え奴が居るのかよ。居るなら連れて来いよ、目ぇ覚まさせてやらあ。ましてこの俺様だ、優勝以外有り得無えだろうが。

 前陽大は外部生、加えて複雑な障害物2人3脚に俺様と出場が決まった。なら悲惨な結果にならねえ様に練習すんのは当然だろうが。最も俺様に練習なんざ不要だけど?ただ、例え学園のお母さんだろうが誰であろうが、チームの人間が俺様に迷惑掛けんのだけは許し難ぇ。だからわざわざこの俺様から早朝特訓を申し出てやった迄だ。

 それをどうだ、てめえらが煩ぇだろうと想って隠密に行動してみりゃ、この始末!人の気遣い逆手に取って、ある事ない事書き立てるわ、便乗して騒ぎやがるわ…てめえらどんだけ暇なんだ…?そんな余裕あるなら練習しろっつーの。
 
 おっと、Aチームの輩は下らねえ号外に盛り上がる程、余裕あるっつー事だよなぁ…?優勝の目処あっての余裕か…当日に期待できそうだな…?」


 悪どい微笑、脅迫めいた物言いに、誰も何も言えずに視線を右往左往している。
 どなたさまも体育祭前だという現実に立ち返り、納得しかけた空気が満ちた。
 けれど、そう簡単には収まらなかった。

 「柾様の仰る事はわかります…!ですが、このお写真の数々には納得出来かねます…!柾様がこんなに親し気な…優しい笑顔を向けられる事なんて…!生徒会の皆様に対してもなかったではありませんか!?誰がどう見たって、これはっ………」

 合原さんだった。
 お昼休みもずっと教室におられた、今まで沈黙を守られていた合原さんが、声を詰まらせながら先輩に詰め寄っている。
 その勢いに、九さんも我に返られた。
 「そ、そうだぞっ!!コ、コウがこんな風に笑った所、オレだって見た事ないっ!!」
 
 背中が寒い。
 悪寒が走った時みたいに、身体の芯から寒い。
 先輩はどう答えるのだろうか、俺はちゃんと見届けて、それに合わせなくっちゃならないのに、今すぐこの場から目も耳も塞いで立ち去りたくて仕様がなかった。
 視線は、動かせなかったけれど。

 だから、一瞬の動揺も見せず、何てつまらない事だと冷め切った瞳が、堂々と答えを出すのを一部始終見ることになってしまった。
 「あー、陽大は似てるからな」
 「「「「「…はい?」」」」」
 周りの動揺に感化されずに、あくまでしらっとしていらっしゃる。


 
 「陽大、実家の犬にそっくりだから」



 2011-12-25 23:26筆


[ 467/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -