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しばらく、ぼんやりした。
数分だったのか、数10分だったのか、とにかくいつまでもヘタりこんで居られない。
重い腰を上げて、何とか立ち上がった。
仁と一成は察するところ、俺の所為で無理に叩き起こされたのだろう、部屋の中へ入ると慌ただしく仕度した様子が残っていた。
用意していた朝ごはんは手つかずのまま、テーブルの上で冷えきっている。
ほんとうに申し訳ない…
朝ごはんを食べる余裕すらないまま、俺の引き起こしたトラブルは切迫しているんだ…
何も気づかずに送り出してしまったことを、ひどく後悔した。
後悔してばっかりで、進歩のなさ過ぎる自分に、苦笑が浮かぶ。
カーテンを開け、ベランダの窓をおおきく開け放って、新しい空気を取り入れた。
ざっと部屋を片付け、朝ごはんはお弁当箱に詰めて、後でトンちゃんたちに託すことにした。
台所に立ったついでに、あったかいほうじ茶を入れた。
朝日が入り込み、光がいっぱいで気持ちのいいリビングで、ゆっくりとお茶を飲むと、ずいぶん落ち着くことができた。
大丈夫、目は覚めた。
しっかりしなくちゃ。
走ってくれている仁と一成には感謝してもし切れない、俺は俺のできる限りのことをきちんと全うしよう。
制服に着替えて、いつも以上に念入りに仕度を整えたところで、トンちゃんたちが迎えに来てくれた。
そうして、淡々と、時間は流れて行った。
一見すると、何ごともない平和な1日に見える。
なんだか勘違いしそうな程、ありふれた普通の、かけがえのない日常で。
登校中もいつもと変わりなく、あちらこちらから挨拶して頂けた。
同じAチームの方々には、特に温かいお声を頂けた。
トンちゃんたちも、心配そうな様相ながら、いつも通り元気に接してくれた。
1番怖かった、教室に着いた瞬間も、何ら変わりなくて。
胸を撫で下ろしそうになった。
浅はかな期待すら抱いてしまった。
だけど、瞬間で悟った。
どなたさまかの親衛隊に所属していらっしゃる、心春さん始め、親衛隊員の皆さんが、俺を遠巻きになさっていることに。
いつもなら、心春さんはお友だちさん共々、気さくにお声を掛けてくださる。
他の親衛隊員さん方も、優しく接してくださる。
けれど、今日は違う。
視線を向けたら、自然に逸らされる。
決してこちらへ近寄って来られないし、こちらからお声掛けできる雰囲気ではない。
時折、隊員さん同士で何ごとか、囁きを交わされている。
それは4限が終わるまで、ずっと続いた。
明らかな硬い空気に、いつも通りの日常なんてどこにもなく、問題を回避することなんて到底できないんだと悟った。
怖くて、手が震える。
まだ何も起こっていないけれど、こうしている間にも水面下で何かが起こっている、すこし先の予想もつかない。
すごく不安で、授業をなんとかこなしながらも、今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、怖い未来が近づいて来る。
救われたのは、大介さんと九さんが、休憩時間の度に明るく接してくださったこと。
3限の終わりには、仁からメールが来た。
恐らく昼休み頃、柾先輩と俺のゴシップめいた内容で、号外が撒かれるだろうと。
今日の5、6限はまた各チーム毎の打ち合わせだ、その時に柾先輩が早めに来て対策を打つから、俺はそれに合わせるようにというメールだった。
凌先輩からも、心配と激励のメールが届いた。
大丈夫…ちゃんと事情を知ってくださっている方々がいらっしゃる、武士道もいてくれるんだから。
心の中で何度も自分を鼓舞したけれど、それでも、4限終了のチャイムが鳴った時は心臓が縮こまる想いだった。
「はると、今日は?弁当?」
先生が退室なさった後、勉強道具も出したままでぼうっとしていたら、大介さんの快活なお声が聞こえた。
「あ、はいー、残りもののあり合わせお弁当で恐縮ですが…」
「あはは、何で恐縮してんの。そっかーじゃ、教室で食べようぜ。どーせ5、6限も此所だしな」
購買さんで既に購入されていたようだ、包みを持ってガタガタと移動する大介さんに、九さんが待った待ったと声を上げた。
「オレも一緒する―――!!つか、はるともダイスケも食堂行こーぜー!!」
食堂、その一言に、ぎくりとなった。
たくさんの生徒さんが集う場で、号外が出てしまったら………
「ヤダー!面倒くせーから教室で食う」
「えぇ―――!!何でだよ、ダイスケっ!!食堂で好きな飲み物とか飲めんのにっ!!」
「要らなーい!俺、『のほのほ・ミルクコーヒー/ほんのりビター』があるし、はるとにも買って来たし」
「すっげ…!!い〜な―――!!!」
「穂も一緒に食いたいなら、さっさと購買行って来いよ。戻って来るまで待ってやっても良いし。な、はると」
声も出せずに頷いたら、九さんの元気がヒートアップした。
「わかった!!じゃー光速で行って来るからっ!!絶対待ってろよなっ!!ミキっ、行くぞっ!!」
ぎゅーんという効果音が聞こえて来そうな勢いで、離れた位置にいらっしゃった美山さんの手を引き、飛び出した九さん。
「穂ってマジ元気だよなーアイツ居たら、体育祭優勝に心強いかもなー」
大介さんは笑いながら、紙パックのコーヒーを手渡してくださった。
「あ、ありがとうございます…うれしいですー」
笑って受け取ったものの、絞り出した声は掠れていた。
「どういたしましてー!つか…はると、今日テンション低くね?体調悪いとか?」
「いえ、とんでもない…大丈夫です!」
大介さんにまで、ご心配おかけしている場合じゃないのに。
他愛のない話題に興じながら、ほろ苦いコーヒー牛乳を一口、頂いた。
なかなか飲みこめず、いつまでも舌の上に甘さが残った。
体調がほんとうに悪いなら、早退できるのにとか。
この後に及んで、逃げ腰な自分の思考に、ほとほと嫌気が差した。
ともあれ、そんなことを考える余裕があったのは、僅かな時間だった。
異変は、廊下から始まった。
生徒さん方のどよめきが、静かな湖水に石が投じられてできる波紋のように、徐々に広がって行くのがわかった。
「何だ…?急に騒がしーなー」
怪訝な大介さんに応えることは、もうできなかった。
2011-12-15 23:55筆[ 465/761 ][*prev] [next#]
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