123
身の程は弁えてる。
現実も知ってる。
だから、僕らは夢を見る。
果てなく長い人生の中、ほんの僅かに許された、家から離れられる貴重な時間。
皆、そうだ。
同じだ。
誰もが同じ条件で、束の間の自由を楽しむ。
我を忘れて、勝手に課せられた責任から逃れ、奔放になる。
それでも何処かで、理性は働いている。
この時間には限りがあって、今は永遠ではない事。
長期休暇の帰省の度に、やはり完全な自由等、何処にもないんだって想い知る。
結局、僕らは籠の中の鳥なんだって。
或いは手の平の上で踊らされている、滑稽な猿なんだって。
それでも、夢を見る。
もっともっとと、ひとときでも甘い夢を求める。
わかっている。
痛い程十分に、自分の立ち位置は理解してる。
男同士の恋愛がまかり通るこのちっぽけな世界は、とても特殊な空間だ。
下界に降りれば、通用しない。
自由を謳う大国の中ですら難しいのに、この狭い島国では尚の事、同性同士の恋愛は歓迎されない。
僕らの属する「上流社会」という腐敗した世界では、建前上グローバル化が叫ばれていても、最も厳しく拒絶され認められない。
本気になったらただのバカ。
それが十八学園での色恋沙汰における常識だ。
傍から見れば燃え上がる様な恋でも、その実、互いが冷静である事が非常に多い。
憧憬からの始まり、友人から発展する恋、健気な純愛、多角関係、主従愛、敵対同士、略奪愛…
恋愛の種類は下界と変わらないのに、本音は皆、冷め切っている。
蓋を開ければ枕営業だった、というパターンも多い。
早くから決められた許嫁が居る場合だって少なくない。
高等部3年生までが、許された自由時間。
卒業すれば後は、自分の意思を持つ事は許されない。
それまで如何に遊んでおくか。
それまで如何に有益な人脈を築いておくか。
誰もがお互いの顔色を窺う。
腹の内を探り合う。
恋人?
卒業後もずっと一緒に居たい?
お前だけを愛している?
そんなのは全部、嘘だ。
束の間の睦言、至福の自由時間に酔った、ただのリップサービスに過ぎない。
だって、僕らは男だから。
社会の先頭に立ち、家を負い、やがて家庭を築いて血を残し、尚、生涯戦い続けて行かなければならない、男なんだから。
本当の友人だってできない、社会に出る前のお試し戦場の様な場所で、まして真の恋人なんてできる道理がない。
信じられるのは、自分だけ。
それでも本当は、皆、探しているんだと想う。
自分以外に、心の底から信頼出来る人間が1人でも居ないか。
友人でも恋人でも、肩書きは何だって良いんだ。
信頼に足る人物ならば、そんな人が側に居てくれたら、どれだけ毎日が救われるか。
夢を、見る。
誰もが此所で、夢を見る。
叶えられそうもない、遠い夢だとわかっていても、何度でも夢を見てはやがてタイムリミットが迫り、静かに去って行く。
そんな結末を迎える先輩方を、何度も目にし、送り出して来た。
自分の未来もこうなるだろうと、わかっていてもそれでも、夢を見る事は誰にも止められない。
僕ら親衛隊は特に、夢を見る事に特化した存在なんだと想う。
僕はちゃんとわかっている。
自分に残された自由時間は、後2年と8ヵ月足らず。
合原の家の事もよくわかっている。
大好きなピアノで食べて行ける力すら無かった。
だったら当主陣の目論み通り、立派に跡を継ぐしか道はない。
今更、何処へ行く当てもないし、逃げるのは大嫌い。
負けたくない。
僕は、ろくに覚えてもおらず、写真の1枚すら残されていない、か弱い母とは違う。
だけど、柾様は特別な御方だから。
柾様を慕って居る事は、初等部の段階で直ぐ、合原の家にバレた。
またピアノと同じ様に、簡単に取り上げられるのではないかと恐れたけど、逆に誉められた。
世界的に由緒正しい家柄の柾家、社交界でも中々パイプを繋ぐ事は難しく、謎が多いとされる血脈。
その柾家の出自で、類い稀なる高い能力と容姿を有する御子息が、学園に居る。
柾様が跡継ぎだろうが末子だろうが、そんなのは関係ない、如何に取り入って柾家当主に取り次いで貰うかが重要。
多くの生徒は、何とかして柾様に取り入る様に、家から密命を受けている筈。
合原の家が喜ぶ訳だ。
どんな理由でも良いから近づいて、懐に入り込み、目を掛けて貰える様に、如何様にも親密な関係を築ける様にと、寧ろ背中を押された。
内心は呆れ果て、何処まで腐った奴等なんだろうと想ったけど。
僕も、同じ様な事を考えていた。
柾様はこの十八学園に於いて、極めて特別な御方。
そして、とても強い。
幼等部を経て、初等部、中等部、高等部と、年々魅力が増して行くばかり、強烈な引力は一向に衰えない。
強い、柾様なら。
柾様なら、この地獄から、僕を助け出してくれるのではないか。
純粋な憧れと、卑屈な計算は、いつからそのバランスを変えてしまった?
柾様なら、親兄弟親類縁者に紹介するに足る。
合原の家レベルなら、柾様ご自身が易々とが呑み込んでしまい、制圧するだろう。
大人だって柾様の言う事に耳を傾け、従うしかないんだから。
もし、それだけ強い影響力を有する凄い人に愛して貰えたら、どんなに幸せか。
同性だの異性だの、そんな垣根は簡単に壊して堂々と、一生守り続けて貰えるんじゃないの。
手に余る家のしがらみからも解放され、愛されるだけ、守って貰うだけなら、気楽に好きな事をやれて、笑いながら暮らせるんじゃないの。
もう何の義務も努力も必要ない、外部の雑音はシャットアウトされて、強い腕の中で呑気に欠伸して居れば良い。
いつからバランスを変えてしまったの。
僕はただ、本当に夢を見ていたいだけで。
それで正気を保っているだけで。
2011-12-11 22:54筆[ 461/761 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]
- 戻る -
- 表紙へ戻る -