122.合原 心春


 僕は所謂、妾の子だ。
 物心つくまで母と2人きり、都心のマンションに囲われて、ひっそり暮らしていた。
 記憶にはないけど。
 きっと、最も幸せだった時間なんだろう。
 気がついたらもう、合原家に居た。 

 本妻の子が家を継ぐには不適当で、だから、僕に白羽の矢が立った。
 合原の血筋の割に見目麗しく将来有望、ただそれだけの理由で。 
 母は美しく、か弱い女性だった、らしい。
 記憶にはないけど。
 妾に入ったという事で、母方の親族一同から断絶され、頼りは合原のみ。

 僕が口うるさく頑迷な当主陣のお眼鏡に適い、合原に養子縁組させて頂けたのに、でも、気がいたらもう母は居なかった。
 繊細な神経の持ち主にとって、金の亡者の住まいは地獄に等しかったんだろう。
 合原に入ってすぐ、呆気なく亡くなったらしい。
 世話をしてくれた手伝いの人から、そう言い聞かせられて僕は育った。


 『――…ですから、心春坊っちゃんはとにかく、合原家の恩義に応え、跡継ぎ候補として立派に務めなければならないのですよ』


 真相は知らない。
 知りたくもない。
 過去なんか振り返る暇はない。
 だってこんなの、よくある話だ。
 学園では大して珍しくもない話、ありふれた出生秘話だもの。
 僕はまだ、恵まれているぐらいだった。

 合原の本妻が愚鈍な我が子より僕を気に入り、可愛がってくれたお陰で、さして肩身の狭い想いをした事がない。
 大人達の気に入る様に振る舞っていれば、僕は一生安泰。
 
 例え、大好きなピアノを取り上げられたって…それが何だって言うの。 

 それでも幼等部に入った当初は、口さがない大人共に因って、僕の決して綺麗ではない出生を噂され、それを薄ら察知したその子供達によく苛められた。
 幼い頃より合原家に愛でられた、男の癖に女の子の様な容姿は、苛める理由の1つに十分成り得たから。
 毎日毎日、登園する度に苛められた。

 どんなに泣いても、どんなに憂鬱でも、家に居る時はそんなの、お首にも出してはならない。
 無邪気に笑って、自ら進んで勉強の為に机へ向かう、従順で可愛い子供で居なければならない。
 子供ながら既に処世術を知っていた、だからこそ、辛くて仕方がなかった。
 あのまま苛め続けられていたら、僕はきっとどうにかなっていたと想う。
 
 転機が訪れたのは、突然だった。
 物心つかない内より、英才教育を施されてきた子供達が集まる世界で、当時から既に有名だった、皆のリーダー格が僕を庇ってくれた。
 『つまんねえことはやめろ』
 『こはるとあそびたいなら、そういえばいーじゃん』
 『いじめたって、こはるはおまえらのこと、きらいになるだけだ』

 子供社会では、リーダーの言うことは絶対だ。
 誰より大人びていて、誰より格好良かった。
 何をやっても完璧で誰より秀でている、そんなリーダーが僕を庇った。
 あの時の異様な静けさは、未だに忘れられない。


 『こはる、つよくなれ。こはるのぶきをみがけ』


 そして、泣いていた僕に、とっておきの言葉をくれた。
 真っ直ぐに僕を見てくれた。
 強い、光。
 そうして笑ってくれた。
 『こはるなら、だいじょうぶ』
 そう言ってくれた。

 子供達だけじゃなく、先生方だって注目している、雲の上の様に遠い存在のリーダーが、そう保証してくれたから。
 ひそかに憧れながらも、嫉妬心を抱いていた。
 生まれた環境が違うから仕方がない。
 でも、それでは納得できない程、彼が羨ましかった。

 どうしてあんな風に生まれなかったのだろうと、我が身が歯痒かった。
 どうしてあんな風に生きられないんだろうと。
 けれど、笑いかけて貰った瞬間、僕は僕で良いんだって、生まれて初めて実感した様に想う。
 後付けの記憶かも知れない。
 それでも僕がリーダー本人じゃなくて良かった、とさえ想った。

 だって、本人だったらこうして出逢えていないのだから。
 これが始まり。
 柾様への恋は、もうこの時から始まっていた。


 
 2011-12-10 23:51筆


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