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ベンチに間を空けて腰かけ、持って来たお弁当を中心に据えた。
「それでは、発表します」
「お願いします」
まるで武道の試合前のように、神妙にお辞儀し合ってから、包みを開いた。
「先輩から向かって左より、いつもの卵焼き、いつものたこウィンナー・体育祭バージョン、いつものはるとボール、ブロッコリーの明太マヨネーズ和え、そして昨夜、我が家は男の好物ごはん特集だったものですから、豚の角煮大根、筑前煮、俺流・もやしとニラと人参のあっさりナムル、も詰めてみました。おかずが盛りだくさんになったものですから、おにぎりはシンプルに三角の海苔付き塩むすびです。豆腐と油揚げのお味噌汁もございます」
「すっげ…」
あらまぁ…
不機嫌顔や冷静なお顔、カバ●くん状態のお顔と、いろいろな表情はどこへやら!
先輩の瞳がとんでもなくキラキラキラキラ、ちいさいお子さんも負けそうなぐらい、輝きまくっている。
いつものお弁当に、昨夜の残りものまで詰めさせて頂いた、俺にとっても有り難い内容なんだけどねぇ…
今まで何度かごはんをご一緒させて頂いたことがあったけれど、かつてない輝きだ。
よっぽどお腹を空かせていらっしゃったのか。
お小遣いを貯めて購入した、スープ類の持ち運びができる容器に入れたお味噌汁と、豆てぬぐいをお湯で濡らして持って来たおしぼりを、苦笑しながら手渡した。
いそいそと手を拭かれる、その視線はお弁当の上に固定されたまんまだ。
「「いただきます」」
ホカホカの湯気を立てている、お味噌汁を一口。
「「ふー…」」
むむ…!
誠に不本意ながら、至福のため息まで被ってしまった。
けれども、冷気漂うまだ薄暗い早朝、この温かい一口、身体に染み渡りますなぁ。
想わず線目になっちゃうねぇ…って、隣のトップアイドルさまも、キラキラは褪せないままに線目ですよ。
「………先輩…まさか、昨日ごはん食べてないとか、実は寝てないとかですか…?」
ちらりと横目で窺ったところ、相変わらずキラキラした瞳のまんま、卵焼きにお箸を伸ばしていた先輩は、曖昧に首を傾げていらっしゃる。
「どうだっけか…食ったのは食ったし、寝たのは寝たけどー。あー、うっま!陽大、卵焼きの腕上がったよなー美味いわーはるとボールもうっま!このほんのり効いてる生姜が泣けてくるっつか…煮物もとろとろ、あー、うっま!」
はいはい、わかりましたよ。
ごはん時に何やかんや言っても、無意味ってことですね?
今は話しかけるなってことですね?
そんなに空きっ腹だったとは、まったく、毎日どういった生活を送っていらっしゃるのやら。
最も仕事量が多い御方だけに、体育祭が近付くにつれ、流石にちょっと心配ですねぇ…
ほんとうは、こんなふうに呑気に早朝集合して、ごはん食べて、個人練習している場合じゃないのでは…「ぶくく…!陽大の三角むすびって、陽大!って感じ」…なーんてね!人が折角殊勝な気持ちになっていても、全然意に介さない、マイペースな御方ですよね!
「…どうせ俺の三角むすびは、きちんとした三角じゃないですよ…」
しかも人が気にしていることで、ちょっとお腹が落ち着いて余裕ができたからって、そんなにゲラゲラ笑っちゃいますか?!
ううう…俺だってもうちょっと、カクカクしたスマート三角に握りたいですよ…トライアングル・ライスボールなんて横文字が似合うおにぎりにしたいですよ…
でも、どう握ったって丸っこくなるんだから、どうしようもないじゃないですか!
地道に奮闘努力中だというのに、バカ笑いを浴びせられるなんて、不当極まりない!
「違くてー何グレてんの」
「…別にグレてなど居りません…ご不満があるようでしたら、もう召し上がらないでくださいませ…」
「いやいや、だから違うって。不満なんか何も無えよ。言い方悪かったなら謝る。何つーの、このふっくら丸っこい感じが、陽大らしいっつーか」
「…どーせ俺は、先輩みたいに細マッチョじゃありませんよ…」
「だからー、そういうんじゃ無えって。陽大って、人当たり柔らかくて穏やかじゃん。そういうお前の良い所が滲み出てるっつってんだよ。いーじゃん、型抜きしたコンビニの直角三角形で愛想ないのより、お前のはちゃんと手間かけて心込めて握ったって感じするし。見かけも美味そうで、実際すっげー美味いし」
誉められてるんだか、面白がられてるんだか…
真意を探るべく、きょろっと目を上げて。
俺は目がまんまるになった。
この類い稀なる男前さんの、頬に…頬に――…!!
「柾先輩、ごはん粒ついてますよ」
大スクープじゃないですか?!
十八学園さん創立以来、先輩入学以来の大スクープなんじゃないですか?!
想わず吹き出し、くすくす笑ってしまった。
だってだって、結局ずっと瞳はキラキラのまんま、いつもの口調でありながら、しっかりとおにぎりを手にして、もう片方の手にはおかずがあって、ほんとうにちいさなお子さんそのものなんだもの!
俺1人が目撃者だなんて、なんだか勿体なさ過ぎるー!!
「へっ、どこ?」
しかもどこに付いているのかわからないご様子、きょとーんと頬を触っている。
わぁ…ますます可笑しい。
やっぱり先輩だって、まだまだ子供っぽい一面があるんだなぁって、頬がゆるゆるになってしまった。
「ここです、ここ。はい、取れましたー」
「おー、サンキュ」
微妙に照れていらっしゃるのが、また、面白可笑しい。
止まらなくなってずっと笑っていたら、複雑なお顔になった先輩から、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
それでも止まらなくって、笑い続けてしまった。
「あのなー…。陽大ってさー、笑うと破壊的に…………のな。普段から愛嬌あるけど、笑うと……っつか…」
「えー…?何か仰られました?」
笑うことに夢中でいたら、聞き取れなかった言葉がいくつかあった。
「いいや、別に。こっちの話!陽大君はそうして笑って居たまえ。残りの弁当は俺に任せろ」
まぁ、そんなの許しませんよ!
「お任せできません!最後のたこウィンナーは俺がいただくんだと、昨夜からずーっと決めていたんですから!」
「はい無理ーいただきまーす」
「な…!何て残酷な…ふっ、では俺は本命の卵焼きをいただきまーす」
「あぁ?!ズルっ!フツーそう来るか?!」
「問答無用でございます!今朝の卵焼きはほんとうに自信作でねぇ…あぁ、我ながら美味しい…」
急に言い争う形になりながら、お弁当はきれいに食べ尽くされていった。
2011-12-09 23:03筆[ 459/761 ][*prev] [next#]
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