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 「お言い付け通り、朝ごはんの準備をして参りました」
 「こっわ!超棒読みじゃん…ま、いーけど。もー無理、腹減り過ぎて頭回んねー。食お食お」
 おっと!
 先輩の手が肩にかかったと想ったら、ぐうるりと半回転させられ、その先のベンチへと押されるように歩かされた。

 慌てて手に提げていた、お弁当の入ったエコバッグ(それにしてもエコバッグは便利ですねぇ…お買いもののお供にはもちろん、こうしてちょっとした手荷物を運ぶ時にも使えるし、用事が終わったらくるくるーっとコンパクトに畳めるし、最近は素敵なデザインも多いですからねぇ…ちなみに俺は、ニコニコ商店街の限定プレミアムエコバッグを愛用しておりますとも!せっせとスタンプを集めた甲斐あって、丈夫で防水機能付きの優れものですとも!)を、落とさないように腕に抱え直した。

 ぐいぐいと押してくる先輩を、ちらっと横目で見上げると、本気で空腹そうな仏頂面でいらっしゃった。
 しかし、不機嫌な顔ですら男前って…
 普通、人はにこにこ顔がいちばん愛らしいものだと想う。
 むすっとしたお顔は、どんな御方だって、その御方の良さが薄れてしまって、周囲の空気も不穏に変えてしまうものなのに。

 柾先輩はどんなお顔でも、ザ・男前だ。
 どんな表情にも魅力があるように見える。
 ちょょっとした緊張すら呼び覚まされてしまう。
 何かこの御方、ほんとうに神さまに愛されたイケメンで在らせられるのか。
 まったく呆れますなぁ…いえ、ほんとうのところ、俺にもちょびっとでいいからイケメン要素を分けて欲しいですけれども。

 御本人さまに言えるわけがありませんからね、ふん。
 「こんな朝からお腹が空いてるとは、威勢が宜しいようで結構ですね」
 「んー?画数多い漢字使って話すの後にしてくんね?マジで限界だし」
 「左様でございますか…」
 あら、お腹が空いたらダメなタイプなんですかねぇ。

 ちょっとキャラが違うけど、立ち位置的には食●ンさま的なヒーローでいらっしゃいながら、その実、カバ●くんみたいに「お腹が空いたよー」ってパンを求める子供だった、っていうところでしょうか。
 いつもはしゅっとしていらっしゃるのにねぇ。
 お弁当シフトでお伺いした時も、そんなダメな子の素振りは一向に見せ「ほぉうぃっ…!?」モガモガ!!

 ぼんやりと、先輩とパンヒーローたちの世界を比較検討していたらば。
 急にごわぁっと視界が変わって。
 押されながらではあるけれど、確かに俺はまっすぐに立って歩いていた筈で、目的のベンチまで僅かだったのに、何故か地面が近くなっていて。
 動転するまま、目をきょろきょろ動かせば茂みが見えて、ベンチの背が見えて。 

 背中があったかい。
 頭の上もあったかい。
 口元はもっとあったかい。
 順番に実感していたら、耳元で低い囁きが聞こえた。
 「………悪ぃ。静かにしてな。誰か来たみてえ」
 それは、先輩の声で。 

 ということは、このあったかい感じは全部、先輩のもので。
 返事しようにも、口元のあったかさの正体は、先輩のおおきな手に口を塞がれているからだと気づいて、こくこくっと頷くしかできなかった。
 静かにしていますから、手は退けてくださらないものか。
 抗議の視線を向けようにもがっちりと、あろうことか先輩に抱きこまれている状態なものだから、動けない。

 あ、お弁当は?!と想ったら、俺自身がしっかり抱えこんでいてほっとした。
 誰か来たって、一体どなたさまが…?
 辺りに神経を配ったところ、程なくして数人の足音が聞こえて、ぎくりとなった。
 談笑する声と、バタバタした足音が近寄って来る。   
 「――ダルいなー…」
 「眠いよなー…」

 「けど、打倒Aチームの為に…!」
 「頑張ろー…あ〜、でも眠いし寒い…」
 「しっかり皆!流石にこんな時間から練習してるのは僕らだけ!」
 「そうだよねっ、本番までまだ先なのにスゴいよね!」
 「この調子で練習続けたら、マジでイケんじゃね?」 
 「そりゃそうだろ!優勝は俺らのもんだ!」
 「「「「「打倒、Aチーム!」」」」」

 おお…同じく事前練習に燃える、よそのチームの皆さんですね。
 うんうん、確かに立派な早起きですとも、素晴らしいと想います、敵ながら天晴!
 ですが、俺たちとて負けませんからねー!
 恐れながら盗み聞く態勢で申し訳ないけれど、他チームの生の声を聞けてますます燃えて来ましたよー!

 ………同時に、安心していた。
 本気でこの場から逃げなくちゃならなかったら、怖くて仕方がなかったと想うから。
 俺の背後には、先輩がいらっしゃいますけれど。
 逃げる達人のような、逃亡の免許皆伝をお持ちのような御方みたいですしねぇ。 
 そう言えば、このシチュエーションって、ついこの間…そうそう、新歓の時だ。

 あの時は、ほんとうに怖かったっけ。
 でも今は新歓じゃないから。
 大丈夫、大丈夫。
 それはとにかくとして、先輩って…いつもより早起きの我が身には堪えるほど、あったかいですねぇ…
 このあったかさは、暴力的ですねぇ…

 おいしくお昼ごはんを頂いた後、理数系の授業の時間、更に小春日和並みに、危険な誘惑に満ちていますねぇ…
 あれあれ、瞼が重くなって来ましたよ。
 強烈なあったかさと、なんだかいい香りと、穏やかな心音効果で、なんだか………
 「――行ったな。ありゃDチームの2年か…って、陽大…?寝た…?」

 「………こうしてはるとはめいじつともに、まちじゅうのひとびとのいぶくろをみたすさいこうのシェフになりましたとさ。めでたしめで…はっ?!ここはタラフクの城下町…じゃなくてですね!ええ、ええ、わかっておりますとも!寝てませんとも!!」
 「寝てんじゃん。夢まで見てんじゃん」
 「いいえ、寝てません!何を根拠にそんなことを!さぁ先輩、練習あるのみ!!俺について来てください!」

 「あぁ、はいはい、わかったわかった。そうだよなー、陽大が寝る訳ないじゃんなー。わかったから急に立ち上がんなって。こら、引っ張んな。よしよし、ほら、こっち座りな」
 「座ってる場合では!走らなければ!!武士道には絶対負けないんですからね!!」
 「そりゃ賛成だけど。よしよし、大丈夫大丈夫」
 半覚醒状態であわあわしていたら、いつの間にかベンチに座らされ、頭をポンポン、背中をトントン撫でられていた。
 俺はむずかる赤ちゃんですか!

 不当な扱いに憤慨して、今度こそ抗議の声を上げようと想ったら。 
 ぐるうううううるるる、と。
 お腹の虫の元気な声、再び。
 「マジ無理ーメシにしよ、取り敢えず」
 それで俺の目はばっちり覚めたのでありました。

 

 2011-12-08 22:27筆


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