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 快活な足取りだ。
 足音を聞いているだけで、なんだかこちらの背筋までぴしっと伸びて、しゃきっとするような。
 革靴ほど響かないけれど、正しく靴を履いて、きれいに歩いているのだろうなと予測は容易い。
 聞こえた当初はなんとなく身構えて、もしかしたら逃げなくちゃいけない事態かと緊張したけれど、近づくほどにあぁ…はいはいと心が先に脱力した。

 「…あ?陽大?」
 ねー、やっぱりそうですよねー。
 確か、初めてお会いしたというか…壇上(又の名を雲の上)と舞台下の一般生徒席(又の名を地上)では会うも何もあったもんじゃあないでしょうが…ええと、そうそう、初めてお見かけした時も、何て耳ざわりのいい足音、何てきれいに歩く御方なんだと想ったんだよねえ。
 その雲の上の某先輩こと柾先輩は、何故だかこちらを認めるなり、目を丸くしていらっしゃる。
 なんなんでしょうか?

 まさか俺が遅れて来るとでも想ったのでしょうか?
 それとも、もっと寝ぼけ眼でもさっと突っ立てるものと想像していらっしゃいました?
 ふっ、生憎こちとら昨夜9時には就寝し、今から遡ること2時間前にはもう起床してましたからね!
 ぴっかぴかのギラギラに起きちゃってますよ、身支度心構え共にばっちりですよ。 
 さて、目を見張りながら近寄って来られた先輩は…ふうむ?ほう…
 まぁまぁ起きた状態、ってところですかねぇ。

 寝ぼけてはいらっしゃらないようで?
 ふん…お洒落無造作ヘアめ、今日も寝癖は見えませんなぁ。
 相変わらずいつお会いしても360度男前っぷり、どうなってるんでしょうねえ?
 身支度に要する時間はこれ如何ほどに!
 ちょっとずつ身長が縮んでいたら面白いのに…その縮んだ分が毎日せっせと俺の成長の糧になっていたらいいのに…

 それにしてもお召しになられている衣服は、ほんとうに同じ十八学園指定ジャージ&運動靴なんでしょうか。
 っく、さり気なく羽織ったウィンドブレーカーも、先輩が着用すると、プロで主力のサッカー選手・前半戦はベンチで待機中並みに格好いいだなんて、世の中は何て不公平なんでしょう。
 不躾にならないようにつらつらと観察していたら、いきなりデコピンされた。

 「痛っ…!何とお会いするなりご無体な…!朝の挨拶はデコピンから始まらないでしょう?!先ずは『おはようございます』が全世界共通ではないのですか?!」
 おでこを押さえながら抗議したら、先輩は不敵に笑った。
 「陽大こそ、ご近所さんのネタ探すオバチャンみてぇに人の事じろじろ観察してんじゃねえよ」
 「なっ…!おばちゃんさま方を揶揄するような物言いは止めてください!全国のおばちゃんさま方に謝ってくださいな!」
 「ぶはっ、何だそりゃ!」
 「傷害罪と名誉毀損で訴えますよ!俺は恐縮ながら一般男子を代表し、断固として勝つまでイケメンと戦う覚悟です!」

 おでこをさすりながら、尚負けじと若干背伸びしていたら。
 「あぁ、はいはい。わーかった、わかった。よしよし…俺が悪かったな。ごめん。示談とコーヒーで許してくれ。な?あー、あと、おはよう陽大」
 さすっていた俺の手はやんわり退けられ、軽い痛みでじんじんしていた箇所に、あったかい手がやさしく触れた。
 「人をちいさな子供扱いして…!おはようございます!」
 「何だそりゃ!もー、朝っぱらから笑かすなって」

 まったく人を見れば笑えと想えみたいな、その持病はどうにかならないものでしょうかねぇ?
 爆笑する先輩からおでこを取り返して、やれやれと息を吐きつつ、視線は先輩の腕に抱えられた紙袋の上を彷徨った。
 コーヒー、ほんとうに持って来てくださったんですねぇ…自販機の缶入りないしはペットボトルの可能性も無きにしも非ずながら。
 ひとしきりお笑いになった後、ふと、先輩が真摯な顔になった。
 しかしほんとうによく表情が変化する御方ですねぇ。

 「つか、陽大。いつ来た?」
 「いつとは?後輩で一般生徒で体育祭新人という面目を守る程度に早く来ましたが?」
 「お前な…危ねえじゃん。仁と一成に聞いてねえの?だから俺が迎えに行って合流するっつったのに、お前も仁達も嫌っつーから譲歩してやったら案の定、俺より早く来てるとか…何かあったらどうする?危機感足りねえにも程があるだろ。十八さん知ったら卒倒するだろーし、俺もフォローできねえよ」
 う…!
 呆れたように息を吐く先輩を見て、それで会うなり驚いておられたのかとわかった。

 実は未だに敵チームながら、一成邸で共同生活を謳歌させて頂いている俺だ。
 先輩と練習することは、裏の3大勢力さんたちに知られていて、その際、待ち合わせや解散時には十分気をつけるようにと、どなたさまからも釘を差されまくったんだよね…
 特に心配してくれたのは仁と一成で、何なら送迎すると言ってくれたのだけれど。
 そんな皆さまに、大丈夫です、ちゃんと気をつけますからって、俺はもう皆さん大げさだなぁと想いながら押し切って。
 今朝は今朝で、仁たちは朝に弱いから当然まだお休み中で、こっそりのんびり抜け出して来てしまった。

 早朝散歩きどりで、ゆっくり深呼吸しながら歩いて、正直…途中から鼻歌混じりでやって来たんだ。
 ううう…

 「…ええと…俺など別に、どなたさまもご興味ないでしょうし…?ねぇ?殴っても面白くないでしょうし…?俺だってそれなりに、ケンカとか逃げ方とか知ってますしね!ノビさんより逃げ足は速いですよ!…あー、えー、その、後輩の礼儀として、大先輩より先に待機しておくのは社会の常識であり…えー、であるからして、その…大体、こんな健やかな早朝、自然に恵まれた敷地内で何事も起こり得ないといいますか、ねぇ…その…あの…」

 さっきまでバカ笑いしていた先輩は、もうまったく笑っていない。
 笑うどころか、渋面になっていく。
 先輩が真剣すぎるから、俺はしどろもどろになって、視線を下げるしかなかった。
 こんなに怒られることとは、想ってもみなかった。
 「わかった」
 恐る恐る目を上げたら、真剣な眼差しと正面からぶつかった。

 「陽大が何もわかってねえなら仕様が無え。次から俺が迎えに行く。帰りも俺が送る、場合に因っては仁達を呼ぶ。決まりな」
 ええー…!
 「あの…そんな、今日も大丈夫、でしたし…却って悪目立ちするかなー、なんて…その…」
 「じゃ、次は陽大、遅く来るって約束できるか?」
 「はいっ!!」
 「はい、無理ー!その即答とその顔に嘘吐いてるって書いてますー。俺が送り迎えで決定な!」

 「お、俺が嘘など吐くわけがありませんですよ、もう1度チャンスを…!」
 「無理だっつの。短い付き合いだけど、陽大の性格は大体掴んでる。あのなぁ、俺も心配だし、十八さんからは任されてるし、皆も心配してる。俺は大事な奴らを裏切れ無え。陽大の身に何かあったら誰にも申し訳が立たねえんだよ。お前だって誰かの哀しい顔なんか見たくねえだろ。はい、この話終わりー!」
 えええー…!
 不服を如何に申し立てるべきか、しつこく画策しようとした時。

 ぐるうううるるる、と。
 お腹の虫の元気な声。
 「取り敢えず、腹減った」

 お陰さまで、ほんとうに心の底から脱力しました。



 2011-12-07 22:53筆


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