117.孤独な狼ちゃんの心の中(13)


 声が消えない。


 『てめえの弱さはてめえで大事に抱えろ』

 『誰だっててめえの事で精一杯だ。一時の茶番に付き合っても、未来に余裕は無え』

 『周りが大事なら、てめえの孤独を負わせようとするんじゃねえよ』

 『孤独は分かち合え無え。てめえの事はてめえで責任持つからこそ、優しさが生まれる、人は愛し合える、分かり合おうとするんじゃねえのか』

 『お前の主張だと、お前は男なんだろ?だったら尚更だ、男を語るんなら他人に甘えて立つんじゃ無えよ。てめえの足で立て無えなら、男だ何だと喚くもんじゃ無え』
 

 クソ会長の声が消えねー。
 延々と、耳の奥でリピートしてる。
 いい加減、聞きたくねーのに。
 耳に痛い言葉っつーの、マジで実感してる。
 突き刺さってる、全身に。
 言葉も、視線も。

 消えない。
 尋常じゃない強度だ。
 いつもなら、ムカつく事があったらひと暴れしたり、セックスして気を紛らす。
 別の刺激があったら、ウザったい事は何でも消え失せて行く。
 一瞬で過ぎ去ってく程、それだけ全ては薄っぺらい。
 取るに足りない事ばっかだ、
 適当に遊んでりゃ、何でも通過して行く。

 けど。
 クソ会長の声は、俺を足止めした。
 気を紛らす行動へ向かえないぐれぇに、穂へ向かった言葉だったのに、俺を立ち止まらせている。
 何でだ。
 正直、一成サン以上の恐怖だった。
 何でも完璧に出来るろくでもねーヤツで、気味が悪ぃムカつく存在のクソ会長だ。
 幼等部から目立ちまくって周囲にチヤホヤされてた、それを利用して巧妙に生徒会長までのし上がってった、ウゼー男。 

 反感しかない。
 今だって反感だけだ。


 『消え無え不安が在るなら、先ず為すべき事は、てめえの家族と向き合う事なんじゃねえのか。てめえの心と向き合える根性も無えのに、他人と心が通い合う道理は無え』


 頭に血が上る。
 目の前が赤く染まる。
 けど同時に、急速に冷める。
 すげームカつく。
 クソ会長のクセに、苦労知らずで何もかもに恵まれただけのお気楽人間のクセに、てめーはどれ程のもんなんだ。
 てめーはチャラチャラした暴君で只のバカじゃねーのかよ。

 何を知ってる。
 どういう人生を生きてんだ。
 そんな何もかも見透かしてる様な事、どうして吐ける?
 白々しく聞こえなかったのは、何でだ。
 どうして俺は立ち止まらされてる。
 不思議な程、静かだ。
 
 「ミキー?今日、何か雰囲気ちが〜う!アンニュイってゆうかぁ〜、大人っぽくってステキ!」

 グラスに映る店の照明を眺めてたら、急に女が寄り掛かってきやがった。
 馴れ馴れしく腕を組まれて、けど俺は動かず、ただ、女のウェーブがかったアッシュブラウンの髪を一瞥した。
 その向こうには遊び人共に持ち上げられて、上機嫌の穂が見える。
 街に降りた当初は穂のツレん所に行こうとしたが、連絡がつかず、やむなく地下にある馴染みのカフェバーへ連れて来た。

 此所は、人の入れ替わりが激しい。
 名前や素性を事細かに告げなくても、どーせまた会う事は殆どない、だから気楽だ。
 お互いその気楽さを求めてる、一時的に盛り上がればそれで良いってヤツの集合場所。 
 穂はそんな空気を読む事もなく、誰彼構わず友達だ何だの言って、その珍しいキャラを気に入られて弄られては、益々テンション上げてる。
 テキトーに連れ出さねーと、アイツ、一夜限りの遊び相手として弄ばれそうだな。


 『こいつ利用して、てめえらの寂しさ表そうってえなら許さねえ。 
 「誰か」に言いてえ事があるなら、直接「本人」と向かい合え。
 誰よりてめえが後悔する様な真似をするな。
 ガキじゃ無えんだ、てめえも大事な奴の事もなるべく傷付けんな」

 
 穂は、そうだ。
 あの腐った学園では、誰からも利用されんじゃねーか。
 此所みたいに、都合の良い玩具として、当て馬として。

 俺も、穂を…?

 「ミキ…?ヤダ、マジで元気なくない?チョーシ悪いの〜?」
 ふいに女に覗き込まれて、そういやコイツはよく見かけた気がする、何度かヤッたかも知れねーと目線を合わせて。
 軽い口調と裏腹に、存外優し気な表情に出会して、居たたまれなくなった。
 どんなイカレた女でも、ふとした時に見せる情の深さには驚愕する。
 「…何でもねー。ちょっと、考え事」
 「ふーん?ま、そういう時もあるさ〜!アタシもミノル君とこ行って来よっと。はいっ、ミキにはこのチョコあげるから」

 カウンターに転がされた、カラフルなキューブ状の包み。
 店に充満してる、煙草の煙とこもった空気に混じって、甘ったるい香りを残して去って行く女。
 細すぎる後ろ姿を見るともなしに見送ってから、青色の包みを手に取った。
 カラフルな見かけに反して、それは酷く苦いダークチョコレートだった。



 2011-12-03 23:37筆


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