32.狼ちゃん、「めっ!」
空いたコンロへ、ゴマ油をひいたフライパンを置いた。
熱している内に香ばしい匂いがふわんと広がり、思わず目を細める。
ゴマ油に間違いはない!
では…と、卵に手を伸ばしたところで、ふいに美山さんが現れた。
「あ、キッチン使われますか?もうすぐできるので…すぐ退きますね」
「……別に」
美山さんは素っ気なく仰って、視線をシンクへ向けられた。
お水でも飲むのかな?
シンクを占拠していた、キャベツのボウルと、水切り中のザルを退けようと動いたら。
美山さんの視線は、シンクと鍋とフライパン、調理台の上と、各所を行ったり来たり。
「もうすぐ片付けますね…あちこち広げ過ぎちゃって、すみま、」
俺の言葉は、美山さんの所在なさげな呟きに遮られた。
「てめぇ……さっきから何作ってる?」
「え?えっと、なんと言いますか…今日はちゃっちゃとあり合わせで済ませようかと思って…大したものは作ってません」
「嘘吐け…本格的じゃねーか」
「本格的…ですかねぇ…???そんなつもりじゃなかったのですが…広げてあるから、そう見えるだけかも知れません。でき上がりは普通ですから」
「………」
美山さんの眉間のシワって、永久不滅なのかな?
険しいお顔のままながら、視線はずっと調理途中の食材たちへ注がれている。
おっとっと!
フライパンも鍋も熱し過ぎたようだ、一度止めておこう。
電磁調理器って、すぐに温度調節できるところが助かる〜!
その分、余熱の加減が難しいけれど。
そんなことを考えながら、未だに彷徨っておられる美山さんの視線を追いつつ。
「あの…そう言えば、美山さんはごはん、どうされるんですか」
「…パン」
「えっ?」
「…食堂、面倒くせぇし…購買でパン買って来る」
食堂が面倒くさい…?
購買で買って来る…?
パンで、済ませる…?!
高校生でしかも新一年生の健全な男子が、夕食をパンで済ませるですって?!
「いけませんっ…!!」
「…あ…?」
「この俺の前でよくもそんな暴言と暴挙を…!!育ち盛りで思春期真っ盛り、更にそんな立派な体格をお持ちの男子が、夕食をパンで済ますなどと不届き千万!!!!有り得ない…有り得ません…!!
まして農耕民族の日本人男子、我々は欧米人ではないのですよ?!いくらこの部屋が欧米チックに素敵な異国情緒を醸し出していてもですねぇ、ここは!れっきとした!大和魂溢れる!古来から優れた食文化を誇る!に・っ・ぽ・んなんですっ!!米を食べずしてどうしますかっ?!野菜を摂らずしてどうしますか!!
時代の変遷と共に、食文化の多様性は大いに喜び認めるものです、俺だって肉も小麦も大好きですから!!しかしながら、米と野菜は一日たりとも欠かせないっ!!栄養たっぷりでおいしいなんとも頼もしい存在なのです!!お米バンザイ!!
…いいでしょう、わかりました…!!」
美山さんが、また、唖然としておられるのは視界に映っていたのに。
「量は多めに作ってあります!!今夜は俺の拙い料理ではありますが、一緒に食事を召し上がっていただきますっ!!出会い頭のお詫びも兼ねまして!!いいですね?!わかりましたねっ?!さあ、お返事はどうしましたっ!?」
「……ハイ……」
2010-05-03 21:54筆[ 46/761 ][*prev] [next#]
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